童子六月号用の投句を完了2011/03/17 23:41

 童子六月号用の投句を完了。

 3月は、案外に良い句が少なかった。童子は、東日本の会員が多く、主宰の桃子先生も津軽におすまいなので、被災された方もいらっしゃるだろう。

 お見舞を申し上げたいと思うし、無事に今月も投句されることをお祈りしている。

 自分の様な愚かな人間が助かって、もっともっと生きなければならない人が助からなかったりする。

 今回の被災地でも結局、歩くのが遅い人を助けたり、最後まで住民の避難を見届けたり、責任感の強い自治会長とか世話役の方々多く亡くなられたという。

 方丈記にも、心根の優しい人が先ず先に亡くなると書いてある。つまり、愛する人に食料を与えて自分が食べずにいて体力を失っていく。

 親子でもそうで、子供だけには、なんとか助かってもらいたいから、全て食料や水を与える。

 今も寒い中で、凍えていらっしゃる方々もおられると思うと、本当に申し訳ない気持ちである。

紅白の梅咲きてなほ2011/03/13 09:35

 ようやく白梅と紅梅が揃い咲いた。

 せっかくの梅の春なのに、今年は、花を愛でる気にもならず、今日、大阪城梅林の句会も休んでしまった。

 大勢の方が亡くなられて、本当に地震が来るまでは、平和で楽しい暮らしを、梅の花が咲くのを楽しみにしておられた方々もおられただろうに、女子供、家も里も、あの忌まわしい汚泥に呑み込まれてことごとく、消えてしまった光景をTVでみて、まさに、この世の無常を感じた。

 ○白梅も薄墨色に染まりけり

 ○世の無常紅白の梅咲きてなほ

永徳の梅屏風かく蘇り2011/03/11 10:10

 盆梅が金屏風の前に配置されていたのを、LUMIXG1で撮影。まるで、安土桃山時代の狩野永徳が描いた作品の様になった。

 この古木は、恐らく江戸時代生まれであろう。数百年の年輪の美しさがここに感じられる。

 ○永徳の梅屏風かく蘇り

雀の句ばかり5句2011/03/07 23:37


おうぶの家の北側の小さな庭の近くに藪があって、そこは、雀のお宿がある。この季節、繁殖期なので、驚く程、賑やかだし、直ぐにエサをねだりにくる。

こんな情景を思い浮かべて、雀の句ばかり、5句作ってみた。

○物干しも孕み雀に遠慮して

○北窓を開いてそこに雀の巣

○彼岸会は雀の宿も華やいで

○雀の巣ハコベ摘み来てそばに置く

○子雀に窓辺とられて部屋捜し

同じ俳句とは思えんな2011/03/06 10:02

 今日は、朝から胃腸の具合も悪く、また、熱が出てきた。スタンプショーは欠席することにした。

 最近、何をするにも面白くなく、カール・ベームのモオツアルト等を聴きながら、だらだら俳句ばかり作っている。


○大滝は滔々と三月生まる

○おぶの山おろかなる雪積もりたる

○春時雨夕焼け滝に我一人

○渡り鴨帰りそびれて藪の中

○流氷はかくやとばかり氷割り

○夕焼けの寺に帰れば春寒し

○蕗の薹捜して歩く母子かな

なんせ、「伝統俳句」なんで、こんな古くさい句を作らねば。一度、船団を覗いてみれば、判るけれど、まるで別世界。

同じ俳句とは思えんな。

俳句に向いていない性格2011/03/05 09:23

 1.物事にこだわりすぎる

 つまり、1つのことを念じこめば、そこから逃れられないので、俳句で一番大切な取捨選択が出来なくなる。

2.欲張りである

 これも1と同様で、何でもかんでも句にしようとするので、仮に俳句が出来ても素直になれない。収集癖がある人に多い。句の数は多いが、どれもこれもややこしい俳句ばかりである。

3.見栄っ張りである

 良い俳句をつくって他人に自慢したり、句会や同人誌で高得点を得たいという。つまり、自分の素直さがなくなって他人の模倣とかそういった句になってしまいがち。


4.散文的性格

 まさに、自分の様な人間で、叙述の方が詩歌よりも、表現力の中心となっている。日常でもおしゃべりである。仕事で記事を書いているが見出しを作るのが苦手である。つまり、語彙が多すぎて、どこにその表現の中心があるのか判らなくなりがちである。全般に学者先生に俳句が上手な人が少ないのは、この為だと思う。
 一方、 俳句が上手な人をみると普段、寡黙で温和しい性格の人が多い。でもこういった人があっと驚くような大胆な句を発表したりする。


5.部屋が散らかっている。

 要は、整理整頓が出来ない。句の推敲が苦手である。こんな人の部屋をみると、例外なくゴミ屋敷である。まさに自分の様な人間が当てはまる。

ほぼ八分咲き2011/03/05 09:06

 実家の梅の花も紅梅は、ほぼ八分咲き、白梅は、二分咲き程度で、このままだと中旬までに、梅の季節は終わりそう。



○小鳥来て集へやここに梅が咲く

○早暁に匂ひ立ちたる梅の花

○紅白の襲も嬉し梅の花

○老い梅や無骨の枝に紅一輪

平家物語2011/03/04 23:40

 今日の帰りの電車、学生さんが再提出のレポートと格闘していた。

 国文学科なのか、国語科教育法で平家物語だった。能登殿の最後の部分である。一杯、赤色で色々と指示が書き込まれている。

 この学生さん、古典が嫌いにならないだろうか。教師が古典が嫌いで、そんな先生から、教わった子供も嫌いになる不幸の連鎖だと思う。

○能登殿の最後もかくや春の潮
○大潮の渦潮速く翡翠呑む

仕事でも趣味でもそうで、何事も一生懸命やると碌なことはない2011/03/03 21:52

 桃の節句に「童子」3月号が到着。

 辻桃子先生の同人誌なので、凄くマッチしていると思うけれど、最近は、この雑誌が届く度に虚無感に襲われる。

 童子、エッセー大賞というのに、参加費2千円出して応募したが、選外。恥ずかしいことに、応募者リストの中に自分の名が。

 顔から血の気が引いて、何やら悪寒がした。そうして、次に後悔の念が・・・・・・

 こういった記録が永久に汚点として、残されることを考えると、選外作品は、リストに挙げることは止めて欲しいと思う。それが、敗者への礼儀だと思う。

 花童子という最下位ランクに掲載される私の句も悪い句ばかり4句選ばれて掲載されている。新入会の初心者の方でも最初から5句選ばれているのに、僕の句は、5句選ばれた例がない。

 やはり、下手だからと思う。おなじ様な「お仲間」を捜すと、やはり、ユニークというか判りにくい句が多い。また、色々なことを詠もうと欲張っている句が多い。

 但し、まともな句は、出来すぎで、これから1万句、10万句、100万句と類句を重ねていく様なツマラナく、インパクトが無いが、「お仲間」の俳句は、面白くユニークなものが多く、花童子からそれらをピックアップするのが唯一の楽しみである。

 「芸術は爆発だ!」というのは、俳句の世界では通用しない。つまらない日常のよしなしごとや、ご当地名句を月並みに表現しなければ、ならない。

 もう、入会して半年が過ぎたが、積極的なことは、もう懲り懲り。これは、仕事でも趣味でもそうで、何事も一生懸命やると碌なことはない。

 何事もほどほどに消極的に小人間として生きるのが一番だと思う。

ひな壇の階層的な構造にある種のHierarchie2011/03/03 09:11

 叔母がなくなってちょうど1年。

 幼い時から、おひな様が大好きで近所のあらゆる家を巡り歩いていた。小豆島に預けられていた時も祖父に連れられて、名家、旧家のおひな様を拝見して歩いた。

 どうゆう訳か。源氏物語と言えば、おひな様のイメージを持ってしまう。そこに描かれているのは、純然たる階層社会であり、そういった点に幼い時から違和感を持っていた。

 あのひな壇の階層的な構造にある種のHierarchieを感じていたのかも。そういえば、黒沢監督の映画「夢」も壮大な実物大のおひな様が登場するのがあった。

 ひな祭りの日、あれは、いつ頃の昔であったか、叔母が少女時代に作ったという源氏物語絵巻を見せてくれた。「Fちゃん(母親)と一緒につくったのよ。」ということだが、妙に、光源氏の顔がイヤラシイマセタ感じのする青年に描かれている。おひな様の様な人形の体型でなくて、西洋画風のプロポーションで描かれているので余計に猥雑になってしまう。

 装束は、やはり、おひな様を参考にしたという。女君達の冠にそれが現れている。斎宮の冠なんて、あんなだったかしらなんて、かんがえながら小一時間も見入っていた。

 「T君は、こういったものが好きなんだね。」と妙に呆れられてしまった。しかし、あんな宝塚風のおひな様、最近の婦人雑誌の劇画に出てくる様な感じ。案外、叔母達は、先を行っていたのかもしれない。

 ○雛の日は古絵巻みて叔母偲ぶ