ハーシェル、パーセル、ハレー、ガリレイの共通点とは?2009/09/02 20:56

CyberShotDSC-W120で撮影
 「太陽系をつくる」は、現在、第33号まで買っている。

 下が天王星のパーツである。基本パーツの内、歯車がもう1つと下側の海王星の基部(天王星のギアを支える役割もする。)が、残り2号、揃わないと完成しない。

 上は、水星から土星までを「惑星直列」にしたところ。だんだん嵩張って来た。

 マガジンは面白いので、直ぐに開封して読むようになってしまった。今回は、バインダーも注文しようと思う。特に、31~33号の記事で面白かったのは、天王星の輪を実は、ハーシェルが既に発見しており、スケッチを残していたことである。
 彼は、天王星の発見者で、18世紀で既に巨大反射望遠鏡で惑星を観測していたが、天王星の輪を星の掩蔽現象の観測で発見された時には、「幼稚なハーシェル時代の技術で発見出来る筈がないだろう。」と20世紀の学者先生達は否定していた。
 21世紀に入って、ハッブル宇宙望遠鏡や探査機の観測データを元に輪の直径や軌道上の位置等を特定した時、それは、ハーシェルが発見し、その大きさや軌道を計算していたものとピッタリと一致したのだ。
 そこで、「ハーシェルの時代には、天王星の輪は現在よりも明るかったのだ。」との珍説も登場した。
 ハーシェルの奥さんは、カロライン・ハーシェルというが、彼女も天文学者で、夫の仕事を手伝いながら、数々の銀河系外天体を発見する功績を挙げ、王立科学アカデミーの会員になっている。夫婦揃って天文学の業績を挙げる例は、21世紀には、シューメーカー・レビ彗星の発見者であるユージン・シューメーカー、キャロライン・シューメーカー夫妻も有名で、こちらの奥さんもキャロラインというのも偶然の一致か。
 ハーシェル夫妻は、夫婦が共同で数メートルある巨大な反射望遠鏡の鋳込み(青銅合金)作業や、鏡筒、架台の製作、操作等も行った。当時の巨大望遠鏡の操作はモーター等ついている筈もなく、反射鏡筒の先部にある接眼レンズを覗きながら指示する夫の声聞いて、鏡筒や架台をつり下げたり、引っ張ったりするロープを緩めたり、締めたりする作業を夜通し続けたのである。
 ウィリアム・ハーシェル(1738-1822)は、ヘンリー・パーセル(1659~1695)やエドモンド・ハレー(1656-1742)と同様に音楽家の家系に生まれた。パーセルもハレーも偉大な天文学者でもある。また、彼のガリレオ・ガリレーも音楽家の家系に生まれていること等を考えると、天文学と音楽との密接な関係が浮かび上がってくる。
 ハーシェルは、ドイツのハノーファーに生まれ、ユダヤ系である。父親はハノーファー近衛音楽隊のオーボエ奏者であった。ドイツは、7年戦争で荒廃し、彼は、イギリスに渡り、音楽家として生計を立てていたが、1773年頃から天文学に興味を持つようになった。
 音楽の勉強をしていると天文学への興味が沸いてくるのは、実に不思議な感じがするが、私の身近にも高校時代に理論物理学の天才がいて、彼は、バッハの平均率クラヴィーア全集を全て暗記しており、私が与えた簡単な旋律のテーマを元に、ピアノで3声まで展開し、対位法を使った正確な即興演奏が出来る位の腕前であり、周囲を驚愕させた。勿論、軽音楽の演奏も巧みであり、こちらでは、バンドも組んでいたようだが、私は興味はなかった。もっと、クラシック音楽の勉強をしたら偉くなれるのに思っていた。
 高校時代の物理の教師も脱帽の天才ぶりを発揮し、党の活動も続けながら、現役で、東大に進学後、直ぐに大学の先生になったが、JR事故でお亡くなりになってしまった。
 私も火星や木星、土星を望遠鏡で観察していると、音楽のことやら、彼のことを時折、想い出したりしたりする余生を送っている。

電子ファインダー(外部取り付け)をオプション化してよ。2009/09/02 21:57

 マイクロフォーサーズ規格でオリンパスE-P1が発売されて、結構、話題になった。
 マイクロフォーサーズのコンパクトさを活かそうと思ったら、このカタチの方が適しているとの評価もあったのだろう。
 やはり、そんな状況を静観していたパナソニックが、DMC-GF1を発売したのも頷けるところ。
 9月中旬に発売。
 http://panasonic.jp/dc/gf1/
 家にモニター購入案内のメールが来た。本当にオリンパスの製品と機能的には大きな違いは殆どない。
 ハイビジョン動画撮影機能も両者ともに搭載されている。
 重量はオリンパスの335グラムに対して、こちらは、285グラムで更に軽くなっている。
 外部ファインダーはホットシュー方式なのも共通している。パナソニックだから、電子ファインダーを搭載してるかと思いきや、その期待はまたも裏切られた。
 結局、レンズ交換可能の高級コンパクトデジカメというイメージ。パンケーキレンズH-H020が発売されること位が新しい部分か。(これもオリンパスで同様のレンズが発売されている。)
 今まで、G1、GH1を持っていたユーザーは、カメラボデーを買うだけで一応は楽しめる仕組み。

 しかし、こんな風に電子ファインダーが排除されたマイクロフォーサーズが出始めたら、G1の様な一眼レフのイメージを引きずった電子ファインダー付きのデジタル1眼は衰退してしまうのではないかという予感もする。

 電子ファインダーは、高速に移動する被写体や精密の構図を検討する時に必要だが、現状の電子ファインダーでは、それ程の画像精度はないので、単なる液晶の縮小版に過ぎない。

 強烈な太陽光線が当たるレース会場や撮影現場で,液晶の画面がみづらい時には、電子ファインダーは大きな効果を発揮する。また、動画撮影も私は、光線が液晶を照らして見にくくなることが多いので、ファインダーを使うタイプなので、この機能を残して欲しいが、近い内になるなるかも。

 そうなると電子ファインダーによる撮影が楽しめるのは、FZシリーズに限定されるかも知れない。

 実際にズーム倍率が大きくなれば、電子ファインダーでないと精密な構図が決められないので、望遠撮影派にユーザーが限定されてしまう可能性がある。

 ◎光学ファインダーよりもズームに対応した外部ファインダーが電子的に接続可能なオプションが発売されれば良いのに

 ズーム機能と連動しない外部シューにつける光学ファインダーは、フィルムカメラであれば、意味があるが、デジタルカメラでは、ほとんど無用の長物だと思う。

 むしろローアングル撮影用にアクセサリシューの変わりにファインダー接点(コネクタ)儲けて、そこにユーザー好みの電子ファインダーをオプションで装着可能になれば、リコーの一部のカメラの様な人気機種に早変わりすることが出来るだろう。

 マグニファイヤーの様な使い方が出来るコンパクト一眼が出たら買いだと思う。

バロン!おやめ2009/09/03 23:30

 鈴蘭台というのは、もともと小部という地名であったのが、住宅地化に伴い、現在の地名になったという。

 この街を歩いてみても鈴蘭はおろか田園風景もみられない。唯一、私が捜している家の近くの風景が開発前の趣きを残しているようだ。

 写真の手前のところに旧家らしい大農家があって、畑作を続けている。住宅地は、目前まで迫っているが、開発はここでストップしたのか。やがて、この土地も売られるとデカイマンションが建つかも知れないが、大分先のことの様だ。背景には中学校のグラウンドが鎮座されておられる。

 実は、「放課後のクラブ活動の騒音は凄いでぇ~。」と脅かされて調査に出かけたが、たしかに、さにあらんという感じ。家の裏手で体操部員が練習をしていた中学生なのに大車輪を見事に決めていた。

 私とは無縁の世界(未だに逆上がりできへん)

 実に中学生の声は五月蠅く賑やかだ。

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 実は、ここに来る前に駅の近くの家もだめ押しに見に行ったら、前回と違ったクルマが敷地内に止められていた。もう、この家は空き屋になって長いらしくて、狭隘な地域なので、暗黙の了解の共有スペースになっているようだ。だから、私がみていても目の前にまったく気にせずにクルマを女の人が駐車していった。

 実は、私の方が、ずっと注意人物らしい。ご近所の犬ころがワンワンと吠えつく。「バロン!おやめ」と女の人の声。

 「バロン」が聞いて笑けてくるわーと言いたいが、ペットのお名前にどんな名前をつけても自由。

 どうも鈴蘭台は違法駐車の取締りが緩く、あちらこちらに、神戸親和女子大の外壁沿いにも無遠慮に夕方になると駐車の列が出来る。それと犬ころのウンチも多い。この街、お犬様のお散歩をされている方が実に多いが、中にはマナーの悪いヒトもようだ。

 クルマと犬は高級住宅地のステータスらしいが、勘弁してもらいたいものだ。

紀元1世紀に記されたアビダルマを読む2009/09/04 23:43

 「シルクロード文字を辿って」という展覧会が京都国立博物館で9月6日(日)まで開催されている。

 拝観料は、一般大人で1200円。もうすぐ会期終了になるので、午後8時まで参観可能な最後の金曜日である今日、京都まで出かけてきた。

 実に素晴らしい!!!

 特に佛教大学で仏教学や仏教文化、仏教芸術を学ばれている方は是非、みてほしいと思う。きっと松田先生は、全員にみてくる様にと言われていると思う。

 それ位、重要な展覧会だと思う。

 シルクロードと言っても、紀元一世紀頃から12~13世紀、チベット仏教を含めて広汎な時代が扱われている。

 大部分は、経典類であるが、これが凄い!!

 シルクロードは、多種多様な文化が交流したところであるので、言語文化や文字の種類は驚く程多い。しかし、国際宗教である仏教を根底に各種の言語が結集し、1つの文化を形成した。

 同じ仏典でもそれぞれ別の言語で表記、表現しなければならないので、辞書、音義の必要性が生じた。

 日本にも玉篇や、新選字鏡、名義抄等多種多様の古辞書、音義、節博士、訓点が伝えられているが、そのルーツは恐らくシルクロードで生まれたのだと思う。

 経典は、万国共通のテキストであった。各種言語で表現される経典の冒頭に経典内に登場する文字の発音、音義の凡例を記した。

 おそらくこれが、玉篇等に発展する音義・辞書の最初であると考えられる。最初は経典に付随されたものであるが、それが徐々に独立していき、経典の一部を抜き出したりして、辞書が形成される様になった。

 同じ経典でも、同じ地域にサンスクリット表記から、ウイグル文字、ソグド文字、西夏文字、漢字等多種多様の写本が存在したのがシルクロードの文字世界の特色である。

 この展覧会はロシアの探検隊が収集した資料が中心であるが中には、非常に貴重なものもある。

 釈尊が入滅されて600年位しか経過していない時に貝葉に記されたアビダルマ仏典や法句経、阿含経典等は、非常に重要である。つまり、大乗仏教の初期の時代の仏典を今回の展示で見ることが出来た。

 しかし、これらの貝葉で描かれた文字は私には判読出来なかった。さすがにサンスクリット文字が読めない時は、非常にガッカリした。

 大慈恩寺にある三蔵法師の伝記がもともと漢文で記されていたものが、西夏語に翻訳されたもの。漢訳仏典がチベット語で書かれた裏紙の表面に描かれる等、まさに、文字と人種の坩堝である。

 大般若経、大般涅槃教、法華経、維摩経、華厳教等々、ジャータカ、仏教説話等多種多彩な仏教文化の宝庫である。

 こうしてみると、漢訳仏典があって本当に良かったと思った。とにかく法華経でも華厳経でも阿含経でも私には、6~7割は経典の内容が理解出来るので、その資料、経典の重要性が理解出来るである。

 その中で印象に残ったのが、8~9世紀に写された「月上女経」、「仏説諸福田経」、「大宝積経」等である。これらは、非常に読みやすい書体で書かれていた。

 福田思想は、シルクロードの仏教思想、仏教文化の根幹を成す思想である。これは、「旅人に水と食事を」という布施をほどこすことで来世には恩恵を受けるという考え方である。

 この福田思想は、中国文化にも受け継がれ、9~10世紀頃に成立した陽明文庫本孝子伝にも引用されている。西域で行われていた仏教思想が中国→日本へと伝来したのである。
佛教大学の中世文学の黒田彰先生は、その著書や講義でも福田思想について扱われた。私も通信大学院のゼミで先生の講義を受けたが、その時に池見先生も見学にいらしていて、黒田先生から福田思想と日本の佛教思想との関係等についての意見を求められていたのが想い出される。

 また、ホータンからは、経典類と主に仏画も出土しており、それらの如来や菩薩の図像は、ニヤ遺跡と同様の鉄線描で描かれていた。更に、詳しい文様をみると、グプタ朝唐草が発見出来たりして、シルクロードの仏教文化全体の広がりを知るために貴重な展覧会であった。

 また、女人の変成男子に纏わる経典も展示されていた。その内容を読み進めると、女人往生の為に必要な経典として法華経、無量寿経、薬師如来に纏わる経典等が挙げられていた。

 面白いのは、文字や経典が理解出来ない女人でも、変成男子となり、往生の本懐を遂げる為には、阿弥陀仏や薬師如来等の名号を唱えれば良いという内容が記されていた。

 これは、道綽、善導、法然と続く浄土教と専修念仏の思想にも結びつくものであり、お念仏のルーツとして、女人往生が大きな役割を果たしていたのでないかと考えるに至った。
 
 帰路、図録が2000円であったが、惜しげもなく買って帰った。

 今日は、経典三昧の一日であったが、非常に有意義であった。

 本当に経典が読めて理解できることの大切さを改めて悟った。
  
 また、こうした経典を読んでいると、仏教学概論で習った上座部仏教や大乗仏教の思想に出てくる仏教語の大部分が登場した。参考書や教科書等でこれらの「言葉」をいくら暗記してもつまらないが、経典を読んでその中にこれらの「言葉」が出てきたら、「なる程!」と気づかせられることも多く、仏教理論を学ぶ場合も、実際に同時代に記された仏典・経典を読み学ぶことが、第一であると思った。

「燃え尽きたぜ! もう真っ白だよ。」(笑)2009/09/06 14:41

 どうも、日本というのは奇妙な国だと思う。

 メディアの言う「個性」とは、「画一化」ということで、むしろ、「没個性」は、「個別化」の傾向を志向するらしい。

 ボロ屋を買ってから、どうやって改造するかが、今後の課題になってくるが、「BRUTUS」2009/5/15号の特集が、居住空間学2009というので、中身をみると、まず、壁がどこも彼処も白塗り(昔の結核病棟みたいな感じ。伝染病を疑われて高校生の時に、僕も入院したことがある。)で床は、黒系統のフローリングが脱都会あるいは、禁欲的志向を示し、明るい茶傾向のフローリングは、快適志向、アミューズメント、家族との団らん等を象徴しているらしい。

 この雑誌で紹介されている建築家の作品は、日本人から外国人の設計に至るまで、大抵が白壁、フローリング仕上げで共通している。

 白かべは、実に荒っぽい。聚楽壁とか漆喰、壁紙等を問わず、天井もろともに真っ白いペンキを吹き付ければ良い。まど枠は、黒系統の木枠でサッシはどうもいかんらしい。

 フローリング仕上げは鏡の様に綺麗に仕上がっていないと行けない。写真の下が、雑誌の作例だが、ボロ屋の壁に白いペンキを塗り立てて、床は、綺麗ななフローリング仕上げであるが、粗末なベッドに何やら体臭がしそうなきたなげな寝具が写っている。

 面白いのは、エアコンも真っ白であること。下の写真の右上に小さくみえるのがそれで、これと私の今の「居住空間」にあるエアコンと類似している。昔の三菱重工製のクーラーは、木目調プラスティックだったが、新しいのは真っ白。
 ヨドバシの売り場をみても、どこもかしこも、真っ白なエアコンばかり。
 私の部屋と全然、調和せず。「薄ら寒さ」を演出している。

 パステルカラーの色調を自由に選べるエアコンなんかあったら楽しいと思う。

 この様にして、生活空間の「真っ白化」が「現代人」の「暮らしの充実度」を示しているというのが現代的価値観である。

 今度、引っ越すかも知れない家もたたみを引っぺがして、黒いボロ板を床替わりに敷いて、壁は、真っ白でいこうかと思う。

 白いペンキ代と床材代がかかるかもしれないが、以外と簡単にできそう。仕上げがボロイ方が「個性」が演出出来るかも。

 まさに昭和建築の「現代的リフォーム」の完成である。

 ただ、こうした「白い部屋」が古びて薄汚れた時には、どうしようもないだろう。また、焼き肉が好きな住民、喫煙種族は無理だろう。

 菜食、禁煙が住民にもとめられる条件だ。

◎民主党の最大の政治課題は、2010年の国債大量償還の危機を如何に乗り越えるかである2009/09/07 09:29

 『10年後の日本』(「日本の論点」編集部,2006,文春新書)

 この本は、梅田第3ビルのB2Fのもっきりやで105円で購入。初刷が2005年なので、約5年前に書かれた本。その後、サブプライムローン崩壊や米国の空前の大不況が発生しないことを前提に書かれているので、もう、時節にそぐわないということで、100円本での販売になったとみられる。

 こうした予測本は、ハズレが多いが、サブプライムの予想は無理だったが、それ以外の状況は、相当良く的中している。なんといっても、前回の衆議院選挙(郵政民営化選挙)の頃に書かれたもので、景気は、踊り場脱却、本格的な回復基調にある中で、この様なことが書かれている。

①格差社会・治安悪化・消費税引き上げ △

②団塊世代大量退職 ○

③人材空洞化と不動産不況(マンション供給過剰) ○

④漂流する若者達、若年失業者、引きこもり、学力の衰退 ○

⑤高齢化社会と世代対立(高齢者の都心回帰現象、ニュータウンの衰退、縮小する介護サービス) ○

⑥家族の絆と子供の未来(児童虐待、低能化する学校教育) ◎

⑦男と女の選択(出生率の低下) ○

⑧地球崩壊の危機(温暖化、新型インフルエンザの蔓延)◎

⑨グローバル経済の奔流(財政破綻の危機)◎

⑩不安定化するアジア(北朝鮮との緊張の高まり、ミサイル攻撃と防衛の危機)◎

 この的中率はなんだろう。凄いと思う。ノストラダムス顔負けだと思う。まるで、タイムマシンで見てきた様な近未来予想の的中率である。あまりに的中しており、意外性がないので、陳腐化していると錯覚が起こされがちだが、まだまだノンビリしていた小泉内閣時代に書かれた本であることを考えてみれば、凄いと思う。

 ①に関しては、消費税の引き上げが見送られたが、他は的中している。⑤等は、都市近郊の高級住宅地の空屋増加、商店街の崩壊等を描いている。⑧は、今起こっていることそのものであり、エマージングウイルスの脅威は、インフルエンザ以外にいつでも人類にとって脅威だという。⑩に関しても北朝鮮のミサイル攻撃技術の進歩、核弾頭以外に生物兵器の脅威まで書かれている。

 一番、気になったのは、⑨である。サブプライムローンの崩壊は予言から外れているが、2010年に800兆円近い国債の償還期限を迎える。

国債償還で財政的に厳しくなり、非現実的な民主党政権による、子持ち家庭への「下賜金給付」や高校教育無償化等の余裕は、実は、今の国家財政には、全くない。

依然、ここにエントリーした記事で書いた通りだが、結局、国債の追加発行で、国家財政破綻への道は一層近づく。そうなると、まず、国際債券市場での日本国債の信用評価(格付評価)が下がることになる。グローバル投資ファンドの投資リスクが上昇した段階で、結局は、長期金利の引き上げということになってくる。かつての韓国の様な状況である。日銀の権限にも限界があり、長期金利の上昇が食い止められないことになれば、「市場のメルトダウン」が発生し、金利暴騰、超インフレ時代となり、お金は紙くず同様になる。

 ◎民主党の最大の政治課題は、2010年の国債大量償還の危機を如何に乗り越えるかである。自民の小泉総理が早々引退したのは、この危機が訪れることが判っていた為であると思う。政治家、政党にとって、致命的な危機、災厄がやって来ようとしているのだ。


 住宅ローン等は、固定金利10年もの、20年もので少々割高でもそういったものを買っておけば、超インフレになった場合には、諸物価が高騰する中で、住宅ローンの生活費に占める比重は、大幅に軽減される。まさに「借りた者勝ち」の世界の出現である。但し、変動金利にしている人は、金利の見直しを行った方が良いだろう。少し損でも固定金利で借りて置くべきだ。


 大きなリスクが大きな利益につながるという情勢が訪れようとしている。
 私は、この本を読んで、これから借りる住宅ローンの金利を固定型にしようとおもった。

 いまや、「自民党・小泉ドクトリン」の時代は終焉を迎え、新たな金融リスクマネージメントがもとめられる時代に突入しようとしているのだ。

読者プレゼントに応募2009/09/07 23:29

 ディアゴスティーニの「太陽系をつくる」の読者プレゼントである。

 9月30日が締め切りなんだが、組み立て説明書(1~20号)の左下について三角形の応募券をチマチマ切り取って、第3号の綴じ込んである応募葉書に20枚貼り付けていく。

 この作業が大変な手間で、結局、昨日は大河ドラマを見ながら、切り取りと貼り付け作業を行ったが、番組が最初から終わりまでの時間を費やしてしまった。

 応募券の糊付け作業が大変面倒くさい。1枚でも剥がれると駄目なので、念入りの糊付けしてようやく完成。あまっていた50円切手を貼って本日投函。

 無事に送られてきて欲しい。ロボット(ID-01)の時は、本社直送の定期購読なので、申し込んだ時点でプレゼントが送られてきたが、今回は、書店予約購入なので、こうした作業が必要になる。

 ID-01の時も工具だったが、非常に使いにくい。ドライバーの先を取り替えるのだがガタがあってロボットの様な細かい部品を取り付けるのは難しいし、深いビス穴に差し込んでねじ込もうとすると穴にドライバーの軸が入らず、全然使えなかった。

 今回のおまけの方がロボットに使えそうだが、もう、必要ない。ディアゴさんは、工具が好きだが、こんなものよりも、僕は、星占いに必要な円盤等の方が良い。何号かのオマケについて来た、部品入れ(灰皿として使用中)の方が良いような。

 ⑤と⑥は、LPレコードのカートリッジの針先の清掃に使えるかな。また、真空管アンプのトランスの間とかミニチュア間の隙間の掃除なんかに使えそう。

 「太陽系」のモデルは、こんな工具等、全然必要なし。精密ドライバー1本あれば、簡単に組み立てることができる。

 まぁ、工具類は好きなので、良いと思う。昔、2級電気工事士の講座を申し込んだ時に、工具セットなるものを購入したが、全然、その目的に使用しなかった。筆記試験(1次)は合格したが、実技試験を受験しなかったので無駄になってしまった。

 そのセットについていた「電工ナイフ」というのが一番、重宝している道具で、鉛筆を削ったり、竹とんぼをこさえたりそういった目的に使用しているし、圧着端子を止める工具もオーディオスピーカーの工作に役に立った。

 家の配線図を書いたり、接地とか交流電源とか、いろいろと住宅の電設等の勉強にもなった。

この菩薩像は、法隆寺の壁画等よりも幾分アジア的2009/09/07 23:44

 クチャ出土の菩薩の図像の一部であり、麻布に描かれている。

 時代は、7~9世紀で、法隆寺の壁画と同時代かそれよりもやや後の時代か。

 青系の顔料が一部残存しており、あの安藤先生がおっしゃっていたラピスラズリの可能性もあるという。

 目の描かれ方等は、法隆寺の壁画等よりも幾分アジア的であるが、例えば、「ダンダンウィリクのモナリザ」の様な微笑みはないけれども、やはり、線描の輪郭が明瞭である点等は、類似している。鉄線描にしたらやや線が細いが横顔を基調としている点等、他の作品との共通点を感じる。

 先日の「シルクロード文字を巡って」では、経典類が中心であったが、この様な美術関係のものも幾分展示されており、興味深かった。

 この他、興味深いのは、瓔珞等もしていない如来の図像なのに、智拳印を結んでいる仏像断片も絹布着色の仏画の断片もみられ、面白い。

 シルクロードの仏教美術は、今後、発掘が進むにつれて更に色々なことが判ってくるだろう。

釈迦如来、阿弥陀佛、大日如来、阿修羅像等の仏像彫刻のコーナーがある。2009/09/09 00:02

 今日は、久しぶりに戎橋筋商店街に出てから、難波に抜けて、心斎橋方面を回った。

 ジョーシンテクノランドは、相変わらず、中古商品が充実。

1階売り場
 デジタル1眼、1眼レフの中古品の価格暴落はもの凄い。LUMIXG1のホデーが3万9800円前後。もっと安いものもあった。レンズキットで4万円台前半。こうゆうのをみていると新品のカメラを買うのが嫌になった。

2階?
 デジカメに比べて中古デスクトップは全然割安感を感じない。新品で、ウインドウズビスタの性能評価が3.3のもので5万円割れ位。(私の自作のオンボロパソコンよりも、性能が低い。ATHLON64 2.6GHZでもこんなものか。
3階 ロボット等展示。これもつまらない。自作パーツでは、HDDの価格が下落。500GBで5千円で販売されている。これには触手が動きかけた。

4階 ソフト売り場。最近のアプリは面白くなくなって存在をアピールする
製品は本当に無くなった。ゲームもつまらない。

パソコン不況は、ハードからソフトまで全部つまらないという構造不況なのかもしれない。

 その後、道路を横断して反対側の筋を日本橋方面に向けて歩く。あんまり、面白いものを売っている店は少ない。中古DVDが売れなくなっているのか。閉店セールが多い。大分前に白ロムを買った店を除くと1万円前後で昨年の機種が販売されている。徐々に中古携帯が流行りだしているのか、在庫も豊富。

 その後、スタコラ歩く。
 「5階」に到着。テクニカルサンヨーの隣になんと、「スーパービデオ」が移転していた。

 昔のレコードカッティングマシンとか真空管アンプ、ラジオ類が販売されている。真空管のワゴンセールがされていた。色々と探してみるが、大部分が日本製でラジオの真空管が多い。12AU7Aを捜したが見つからず。

 メインストリートに戻って河口無線等をみてから、ジョーシンのキッズランドを覗く。

 鉄道模型コーナーには、Zゲージのレイアウトが展示。Nゲージの2畳サイズのレイアウトにカメラを装着した車両が走っていた。私も家を買うことが出来たら、是非、このNゲージの2~3畳のレイアウトを作り、常時楽しみたい。

 その後、階下に降りると、安土城の木製模型が西田敏行の映画と共に展示。そんなのはつまらないので、古民家の模型を覗く。

 昭和風の和室や町家、庭とかそういった部分的なモデルがあり、中には、トイレとか風呂場とかもある。建具まで綺麗に再現されていて凄いと思った。但し、京間の畳の配置がいい加減だったので、なおして欲しいと思った。

 キッズランドを出てから、ネジ店の前を通る。このネジ店、大分寂れていた。貴重な店だけになんとか存続して欲しいと思った。その後、高島屋を過ぎて左折、難波駅に向かった。

 ビデオ屋には拠らず、心斎橋を目指す。東急ハンズに拠ったが、なにか品揃えに実用感がなくなっており、ロフトの方が上になってしまった。(昔は、ロフトの方が負けていた。)

 魅力的な商品はない。防犯コーナーをみる。サッシの2重ロック、玄関のシリンダー錠、あるいは、警報機、フィルム等をみる。1人暮らし1戸建ての場合は、本当に犯罪防止がポイントになるので、詳しく研究する。

 釈迦如来、阿弥陀佛、大日如来、阿修羅像等の仏像彫刻のコーナーがある。バードカービングの隣であり、仏像もトリの彫刻もここでは、同じ扱い。たしか止利仏師という人がいたっけ。

 彫刻刀も最近では、電動化されて折り、容易に精緻かつ深い彫り込みが短時間で出来るのには、感心。

 こんな訳で心斎橋を後にして、梅田へ。例の立ち飲みやで飲食。どなたかの差し入れでからすみをいただく。

 超高級品だ。凄く得したと思った。

イタリアンフェスティバル2009/09/09 22:17

 大阪駅前第1ビルで、イタリアンフェスティバルというのが12日まで、開催されている。
http://www.esankei.com/ciao/feature/200909_1.html

 イタリアオペラの特集とか、ワインの試飲等の催しが開催。大阪駅前第1ビル建設40周年を祝う催しだとか。

 それにしても築後40年とは、自分が買おうとしている中古住宅よりも築年が古い。

 写真は、展示されていたベスパ。補助タイヤが素敵です。
 携帯で撮影なので、画質は悪い。
 最近は、デジカメさえも飽きてしまった。


 まぁ、それだけでどおってことはないけれども、あんまり暇なので。