僕らの子供の頃は、カラーテレビも真空管だった2010/07/24 11:30

またまた、宣伝メールで、USB地デジチューナーが3980円という広告が入っていたので、つい購入してしまった。

http://store.shopping.yahoo.co.jp/ishino7/dy-ud200.html

注文してから届くまで2日。この会社は、広島であるが、翌日の晩に到着、但し、留守にしていたので、翌日受け取った。

わくわくして開封。
先ほど、1TBHDDよりも期待が大きい。

ソフトウエアのインストールも無事完了と思いきや、ウイルスセキュリティが動作して、トロイの木馬が検出されたとでた。

無視して、動作させてみるが、どうも動きがぎごちない。ウロコノイズもたくさん発生するし、おかしい。

取説を良く読んでみると、CPUが、CORE2DUO以降に対応とあり、私のボロマシンのATHLONXP3000では、能力不足と判明。

ワンセグは動作するので、ハイビジョン画像を展開して表示させるには、どうも、この機械では無理のようだ。

がっかり。

そろそろ、マシンを作り替えるか、買い換えということになりそうだが、面倒なのは、アプリケーション等の環境の引っ越し。特にWEBによっては、認証が必要なものが多くあるが、これらのパスワードの管理ソフトもあるが、セキュリティ面で怖くてインストールする気にもなれない。

マザーボードも7年間も酷使されてきて、そろそろコンデンサ(当時のマザボは、ケミコンがまともに使われている)が抜けているのか、高温になると動作が不安定になるので、そろそろ寿命。

マザーボードの動作環境は、真空管TVにも似ている。

真空管並みに高温で動作するCPUや、グラフィックボード等々を1枚の基盤で支え、複雑な回路が組まれている。

僕らの子供の頃は、カラーテレビも真空管だった。カラーテレビは、真空管の最高・最先端の技術だったが、同時にこれが終焉期だった。

真空管TVの良かった点は、安定性に欠けるが、真空管部品を交換すると、簡単に修理出来た点である。ショート等の致命的な故障でなければ、修理を重ねて大事に使うことが出来た。

街の電器屋さんは、お医者さんと同じ様に重要な存在だった。毎晩、真空管TVがどこかで故障し、出張修理ということになるので、メンテナンス技術があるお店が、街毎に必要だった。それは、同時に家電の受注販売につながった訳で、「地域の電器屋さん」は、TVやその他の電化製品が、シリコン・トランジスタ化されると同時に廃れていった。

家電製品から真空管がなくなったことで使い捨て時代に入った。

安い値段で買えればそれで良い時代になった。修理といっても部品、あるいは、製品そのものの交換だった。

僕のマシンもそろそろ寿命。一度、電源がへたったので交換したが、これまでなんとか無事に生きてきた。

マザーボード、CPU、メモリー、HDDその他諸々の部品を新しく買わなければならない。自作マシンなのでリサイクルにも出せない。

昔は、部品の寿命が長かったので、流用できるものが多かったが、最近は、メモリ等も高速タイプにどんどん変わっていくので、活かせるのはケースやDVDドライブ関係のみ。これでは、自作のメリットはない。

新しいマシンがなんとかして入手出来れば、このチューナーを使おうと思う。

河童忌2010/07/24 17:21

 今日は、河童忌である。

 大量のベロナールとジェノアルを服薬して、芥川龍之介は、なくなった。
 絶望的な昭和という時代が始まって以来の2年間、彼は、「死のうか、死のうか」と悩み続けたという。
 写真は、芥川龍之介全集の第4巻。
 昭和2年11月30日に発行された初版本である。
 実家の書庫の近代文学のコーナーからほこりまみれの本を取り出してきた。
 この本を手に取るのは、何年ぶりだろう。


 彼の自殺からわずか4ヶ月後には、全集が発行されたのも歴史的な出来事である。
 第4巻には、「河童」以外の作品としては、「大導寺信輔の半生」、「或阿呆の一生」、「年末の1日」、「蜃気楼」、「たね子の憂鬱」等々合計45作品が収載されている。
 

 「年末の1日」が一番好きだ。短い作品だが、冬の墓地の情景が描かれている。彼の死との向き合い方を知ることが出来る。
 彼は、昭和の文学界に大きな影響を与えたが、同時に、昭和という時代の暗さと絶望感を予感していたのだ。
 僕は、これから、この古いボロボロの全集の一巻を今から読み直してみることにする。