両親は、この暑いのにクーラーなしで過ごしている2010/08/01 22:30

 今年の夏は、暑い。

 実家の気候は、気温は、おうぶよりも、2℃位高く、湿度も高い。おうぶでも最近では、クーラーのスイッチが毎日入っているが、実家は、私の場合は、クーラーなしにはおられない。

 両親は、この暑いのにクーラーなしで過ごしている。母親も、もうこの年齢になると、恥とかそういうのを忘れるのか真っ裸で部屋にいたりする。

 それでも熱中症になられるよりは、良いと思う。食欲もなくて、実際に、買い物にもいかれないので、たまに父親が買ってくるものを食べているようだが、一番近いスーパーが2キロ、コンビニが1キロ位離れているので、自転車でないと買い物に行けないので、80歳近い父親が自転車でたまに買い物にいっている。

 こんなのだから、新鮮や野菜とか、果物とか少ないので、栄養も偏っているので、更に体力が落ちてくるので心配である。

 それでも父親とは、口も聞かない仲なので、何も言えない。母親も申し訳ないと思っているのか、やはり何も言えず、我慢しているようだ。

 実家にいても何も役に立てないのが嫌なので、逃避的にパラサイターをやめて、ここに避難しているのだが、母親等は、こちらに引っ越してきた方が、ずっと快適だし、医者も徒歩3分のところにあるし、コンビニも近いし、生協等も実家よりは、近いところにあるので、僕がクルマが運転出来れば、買い物にもつれていってあげられるが、車庫だけある有様なので、タクシーを呼ばねばならないが、駅まででも1メーターなので、それ程、お金もかからない。

 ただ、このボロ家は2階に上がる階段が急だし、風呂が狭いので、水回りの改造とか、そういったのが必要になりそう。

 まぁ、親に無断で、この家を買ったのだし、なんとも言えないが、毎週、実家に帰る度に母親の体力が落ちているので、心配である。

頭がアホになりそうに2010/08/02 08:44

  これくらい暑いとやはり、思考能力が鈍ってくるので、原稿を書くのがつらい。学者先生は、論文やら単行本の執筆やらで、締め切りを過ぎれば、樂だが、私の場合は、程度の低い日刊紙の記事書きなので、終わりというものがないし、20年間、病気以外で有休といったものをとらせてもらったことがない。家の葬式、胆嚢を摘出した時も、大量に下血した時も病院で執筆していた。(会社から病室にFAXを持ち込もうかと言われたことさえあったが、迷惑なので断った)

 毎日、1頁1千文字位の原稿を12~13頁位書いている。1文字当たりの収入は、1円13銭位(写真植字工の賃金よりも安い)

 それでも、文章を自分で考えたものが書けて、それでお金がもらえる仕事なんて、学者先生や有名作家以外には、殆どないので、ずっと頑張っている。それにパソコンで原稿が書けるので、かなり樂である。

 でも、1週間位休んで旅行とか、息抜きとかそういったものがしたいができないので、お酒で誤魔化す以外になくて、どんどんアル中が進行している。

 今朝、右足首の付け根をさすってみて、驚愕した。骨のコブの様なのが出来ている。とうとう、中風結節の段階に入ったのだと思う。痛みはないが、それでみかけ上の右足の長さが長くなって、股関節に負担がかかっていたのだ。

 結節が出来てからは、むしろ歩きやすくなっており、股関節の痛みもなくなった。

手術は食道全摘2010/08/02 10:14

 指揮者の小澤征爾さんが、食道癌の治療から、生還され、音楽活動を再開された。

 昨年辺りから、かなり、弱られていたご様子だったので、心配していた。

 手術は食道全摘というから、かなり進行していたのだろう。

 今後も制がん剤とか、照射等の治療を続けながらの音楽活動をされるのだろうか。

 相当痩せられてはいるが、お姿は元気そうだったので、何より。

 小澤先生にとっては、ベッドに横たわっての闘病よりも、最後の力を振り絞りながらの音楽活動の方を選ばれたのかもしれない。

 小澤征爾の師匠であるバーンスタインも同じ病気だった。

 最近の癌治療は大変進歩しており、費用をかけて最新の治療をかければ、相当な延命効果が期待出来る。

 しかし、一般庶民にとっては、治療を支払うことは容易でないので、叔母の様なことになる。

 やはり、癌保険の先端医療オプションをつけておいた方が良いかも。

東京債権回収・特別清算2010/08/02 13:30

 サービサーなんて、住宅ローン産業の破綻処理業者というか、ハイエナみたいな怖い職業だと思っていたが、良く考えてみれば、気の毒な職種だと思う。

 銀行にとっては、住宅ローンは、一番リスクが少ない融資事業だが、それでも万が一のリスクは、このサービサー言われる会社に請け負わせて、自分達は、美味しいところだけをとっている。

 しかし、これだけ破綻が増えるとサービサー自体の経営も厳しくなる。今日の倒産情報に東京債権回収という企業の倒産記事が掲載されていた。

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東京債権回収(株)(千代田区九段北、設立平成10年10月、資本金5億円、従業員100名)は特別清算を申請する方向で関係先と話し合いを進めていることが分かった。日本で最初に法務省から認可を受けたサービサー(債権回収会社)。銀行及び銀行系ノンバンクから不動産担保付不良債権の買受を行うほか、貸金業者及び倒産処理に入っている企業の金融債権なども扱い、平成19年12月期には年商45億300万円をあげていた。しかし、資金調達環境悪化や不動産市況低迷による担保不動産の流動性低下などにより20年12月期年商は41億8500万円に減少。21年12月期も不良債権の格付、リーマン・ショックなどによる投資家動向の変化により年商は17億6700万円に落ち込み、43億2100万円の最終赤字を計上していた。
 また平成22年1月21日には法務省から内部統制・法令遵守態勢構築の不備などにより債権管理回収業に関する特別措置法第23条の規定に基づき、業務改善命令が出されていた。これを受け2月22日には法務省に業務改善報告書を提出。業務改善に取組んでいたが、業界環境は好転せず、業績回復の見通しも厳しいことから今般の事態に至った。

 結局、政権交代で、債権回収業に対する政府の見方が、変化した。大手銀行の「縁の下の力持ち」としての存在のサービサーの業務については、ある程度、大目にみられていたところがあったが、債権回収業に関する特別措置法の厳格適用に方針が変わった為に、ただでさえ厳しい状況になっていたのが、一層厳しい結果を招く様になった。

 日本の代表的なサービサーの倒産は、今後の住宅関連産業の方向転換の可能性を示唆している。住宅ローン代金決済の大部分はローン支払いで、銀行と保証会社の連携プレーであったが、不良債権の売却が実質、困難になっている中で、これまで以上に融資審査が厳しくなる可能性も出てきている。また、貸金業法改正の結果、一般ローンの融資金額の規制も強化し、ローンの支払い不可能になる債務者が大幅に増える可能性も出てきた。

 ローン破綻の時には、任意売却を行うのが得策とされているが、この場合は、仲介業者が債権者(サービサー)との交渉による。サービサー自体には、担保・抵当物件の現金化の手段を持っていない為に、住宅業者に依存せざるを得ず、「任意売却を請け負います」という不動産業者が増えている。場合によっては、一般物件の売買手数料よりも儲かるので、非常に積極的である。

 サービサーの破綻要因は、住宅ローンが破綻して、債権回収業務を引き継ぐ訳であるが、競売や任意売却でも貸倒れ損害額全ての回収が困難になっている実体がある。どんどん土地や建物資産価値が下落しているので、借り手には、借金(返せない借金)、貸し手には、貸倒の損失のみが残ってしまう状況がある。

 貸金業法の改正には、住宅ローンは、含まれていない。政府系金融機関を含めて、住宅ローンの貸付は、むしろ奨励しているし、住宅ローン減税とか、リフォームやエコ住宅の場合には、ポイント還元等、自動車購入と同様に大きな恩典をエサに善良な国民の住宅購買意欲を刺激している。

 フラット35等をみていても、一般のサラリーマンでも一流企業に勤務している人は、そこを勤め上げれば、辛うじて、返済可能なものなのに、これを「年収200万の方でもローンを組んでられますよ。」とUFJの営業マンが言っていた通り、日本の経済階層社会の下層に位置する身分の人間でも年齢と勤続年数次第で、一流サラリーマンと同額のローンを組むことが出来るのが、今の日本社会である。

 今後、日本経済は、欧米の底なし沼の様な不況に巻き込まれて、下降線を辿る一途。奇跡的に欧米経済が立ち直っても、いわゆる「ジャパンシンドローム」なので、日本経済だけが地盤沈下を続ける可能性もあるので、雇用関係の改善や給与水準の上昇等は無理で、一層の人件費カットやリストラがこれからどんどん増えるので、ローン破綻はこれからも続出するだろう。

 サービサー企業に尻ぬぐいをさせて、悪者呼ばわりをする政府や世論。でも、この様な破綻処理企業の役割は、むしろこれから一層必要になってくるとみられる。しかし、債権といっても、回収可能な債券なので、回収不可能な債権が増えてもどうしようもなくなる。

 結局、政府が住宅ローン制度の見直しを行い、融資基準、審査基準について一定の制限を実施すべきだ。

 国民には、分相応の生活をしてもらう以外にはない。

 例えば、購入後5年後、10年後の資産価値を前提に、破綻した場合の売却回収可能な額を試算し、これを基準に貸付金額の上限枠を決定する等、破綻が生じることを前提にした住宅ローン制度に変えていかなければ、借り手である国民サラリーマンも、貸し手の銀行や債権会社も生き残りが厳しくなるだろう。

 ノンバンクローンも銀行ローンも本質的は、一緒である。

 破綻が続出して、「徳政令」を出しても、それは、日本経済、ひいては、国民の首を絞めるだけである。

電動草刈機2010/08/02 17:31

 おうぶの家の裏庭(中学校の石垣に面した空間)に草がボウボウに茂って、洗濯物さえ干しづらくなってきたので、草刈を実施。

 既に、人間力では、難しくなっていたので、電動草刈機をヤフオクで落札。

 マキタUM1690Dという型番。マキタは、東海地区の企業で、なんというか東海地区の会社が電動草刈機を発売するというのは、ローカリティがあると思う。

 充電式で細長い棒の先に円形の刃が付いている。宅配便の人が持ってきてくれたが、一目でそれと分かった。

 試しに電源を入れてみたらウィーンと動いた。セブンイレブンに軍手とゴミ袋を買いに行き、早速、草刈開始。

 面白い程、良く刈れる・・・ということはなかった。庭が狭いので、縁石に当たると火花が散って凄い反動、草を巻き込むと大変。凄い震動と結構な重さで、未だに腕が震えている。

 作業の後、クーラーに当たってビールを飲んだが、腕がアル中の様に震えている。

 白蝋病とかに注意かな。

 裏庭で草刈をしていると、おうぶ中学の管理人のおじさんがやってきて、「この上の草をこれから刈ってもよいですか。」と訊くので、「どうぞ。」と回答。

 先方は、僕の様な電動ではなくて、エンジン式、ガンガン刈れていくので、自分のヤツと比べて悔しかった。

 大方刈り終えると体中が汗でドロドロになる。その後のゴミ処理とか、びびりながらの芝刈り機の刃先の手入れ等、結構、時間がかかった。

 だいぶ鬱蒼としていたのが、明るくなったが、まだ、大分刈り残しがあるので、暫くして最チャレンジか。

 残念ながら、僕は植物学の知識がないでの、雑草なのか、先住民が敢えて植えていたものなのか区別がつかず。

 不思議なピンク色の花が咲いているやつや、フェンスに自然に咲いている朝顔等は残しておいた。

 玄関の横の花壇もコンクリートブロックを取り外したら、環境が変わったのか木も花も何もかも枯れてしまったので、除去。

 木の切り株を取ろうとしたが、シャベル等が必要なので、断念。

 ここに僕にも理解出来る様な程度の低いジュモクを植えてみたい。

この花の名前さえ知らないので、自分には自然など必要ないのかも2010/08/03 16:45

 「家には、住む人の人格が宿る」と言われているが、実際、その通りで、自分がこの家に住む様になってから、段々荒れて、殺伐とした状況になってきた。

 住み始めて6ヶ月でここまで家がひどくなるとは思わなかった。残り6ヶ月で家が崩壊しているかも知れない。

 裏庭の草刈りで、おそらく秋にはきれいな花を咲かせるだろう植物も刈り取ってしまって、残ったのは、この花一輪だけ。

 この花の名前さえ知らないので、自分には自然など必要ないのかも。

 今日も暑い一日が続いているが、ようやくここへ来て、蝉が本格的に鳴き始めた。

 蝉の種類は、ミンミンゼミ、アブラゼミ、ヒグラシの3種類で、クマゼミは、ここには居ない。

 ミンミンゼミでも暑い感じを演出するには十分だが、案外に声が小さいので、自分の耳が遠くなったのかなと思う。

しんどいスクーリングと学友会による楽しい夏季行事2010/08/03 21:54

 今頃、佛大通信の夏季スクーリングに学生さん達はいそしんでおられるのだと思う。

 私もほんの2~3年前までは、スクーリングに通っていたが、大学を卒業してしまうと、スクーリングの無い夏は、夏ではないような気さえする。

 しんどいスクーリングと学友会による楽しい夏季行事、特にバスツアーがもの凄く愉しかった。会社も零細、一緒に旅行等にいく友人や家族もいないので、これだけでも佛大に来た甲斐があったと思った。

 特に2年連続のサントリービールの桂工場の見学は、実に楽しかった。月桂冠とか黄桜酒造とかの見学も楽しかった。

 寺社では、比叡山や、栂尾高山寺等が良かった。スクーリングで、神居先生に案内していただいた平等院も印象に残っている。

 授業は、正直いって、夏場でもあり、つらいものだった。特に大変だったのが、応用社会学科のフィールド演習で、事前の打ち合わせから、楽洛まちぶら会等の見学、そして、レポート作成等々、暑い時期なので、本当は、お世話をして下さった皆様の方がずっとシンドイ筈なのだが、ホテルで体調を崩して高熱が出て、スクーリングが引けた後で、お医者さんを探したのも、記憶に残っている。

 先生方も実に大変だ。
 どの先生も熱心だが、特に熱心だなぁと感じたのは、大学院(通信)のスクーリングやテキスト履修でお世話になった先生で、この先生は、実に熱心であった。大学院を修了後、私が応用社会学科に再入学した時に、この山口堯二先生は、退職されたが、その後、2~3年は、嘱託にもかかわらず、夏のスクーリングに出てこられていた。

 実は、僕は、山口先生とよく、帰宅時のJR東海道線の各停の社内でご一緒して、色々なお話をする機会を得た。

 「私は、佛大の通信生が色々なところからやって来て、様々な発表とか意見等を述べられるので、実に楽しくて仕方がないので、本来ならば、止める筈が、こうして2年以上もスクーリングの教師をしているんだ。」ということで、佛大の通信生のスクーリングに生き甲斐を感じられておられた。

 この先生は、国語学(文法史)の金字塔といういうべき、構文史研究の膨大な著作を著されている。

 係り結びとかそういったのを大学受験では、丸暗記させられるが、「何故、係り結びという文法表現が成立して、どの様に発展して、どの様に滅びていったのか。」といった点を明らかにされている。

 この先生の御著書や論文を読むと、日本の言語文化史の意外な側面が見えてきたりするので、凄いと思う。

 もう1名、印象に残っているのが、場知賀 礼文先生である。この方は、ベルギーのご出身で、イエズス会から、日本にカソリックのキリスト教を布教する為に来日されたが、その後、佛教に帰依し、佛教大学で、宗教社会学の先生になられた方。

 この方も、定年後も数年間一生懸命に学生さん達を指導されていたのが印象に残っている。私は、応用社会学科で、先生は、社会科学科であったが、シンポジウム等に出席させられて、その折りに疑問に思ったこと等を、質問させていただいた時に、丁寧に教えていただいたことを記憶している。

 山口先生や場智賀先生、今もお元気いらっしゃるのだろうか。

 今、佛教大学の通信スクーリングで頑張られている人達にとっても想い出に残る多くの先生がおられることだと思う。

 佛大のスクーリングで最初にカルチャーショックを受けたのは、教室での飲食厳禁ということで、例えば、京大とか関大等では、校舎の休息スペースには、ジュースや場合によっては煙草の自動販売機さえ置いてあったが、佛大には、そんなものがある筈なく、満員の食堂に並んでの食事、学内1~2箇所しかない自販機ブースまで行ってようやくジュースやお茶が買える状況であった。

 文学部等のスクーリングは校舎の5階等にあることが多く、先生方も非常に熱心なので、授業が昼休みを過ぎてしまって、授業が終わって食堂に行っても、殆どのメニューが売り切れといったこともあった。

 過酷な条件の中で、たしか脱水症状か、脳卒中の高齢の先生の患者さんが出たということで、「飲料の摂取は可」ということになっているが、未だに、お弁当とかカップ麵の持ち込みは、表向きは厳禁となっている。

 今、紫野キャンパスの整備が進められているが、食堂やトイレ、そういったものの環境も整備されることを期待している。

 これから学ばれる通信の学生さんにも役立てていただける様に、設備拡充の為の寄付金の申込みをしたつもりである。

 写真は、何年か前の佛大夏の祭典で訪れた伏見稲荷。

 僕は、この年には、仏教芸術コースに再入学していたが、応用社会学科をその年の9月(後期卒業)される同窓生とたまたまご一緒させていただく奇遇を得た。

どうしてこんなに何でも高いんだろう。2010/08/03 22:13

 
 おうぶの家のブロック塀が、崩れそうなので、小さな子供さんに危険ということで、撤去していただいたが、その後、あまりにも用心が悪いので、フェンスを張って、裏庭の砂利敷き等がしたいと思って、エクステリアの専門の業者さんに来て頂いて、見積もり出していただいた。

 今日、ようやく届いたが、開封して、唖然となった。

 合計65万円だという。「高くしないでよ。」と御願いして、「出来るだけ安くしました。」というのだが、労賃だけで5万円も取られてしまったら、僕みたいな貧乏人は、労賃や雑費、撤去費用だけで破産である。

 こうして考えてみると、この間、雨樋、屋根の修理や波板張り、ベランダの防水工事等色々してもらって、アフターフォロー万全のムトウ産業さんに支払ったお金は、25万円である。

 これと比べて、エライ違いだと思う。

 世の中、狂っていると思う。良心的なところとガメツイところでは、これくらいに差がある。

 僕がガメツイと思っている業者さんの料金、他のお金持ちの人達からみたら、当然の値段なのかもしれないが、到底理解不能。

「賽の河原」で難儀(パソコン熱暴走)2010/08/04 17:35

 最近、パソコンが勝手にリセットがかかったり、フリーズしたりして困っている。

 朝一から仕事を始めて、大体、昼近くになって一段落しようと思った段階で、「パチン」である。

 まるで、賽の河原で、子供の亡者が、地獄から逃れようと、石を積み上げていて、いよいよ完成とした段階で、小憎らしい鬼どもがやってきて大きな金棒で、石の山を突き崩して、けなげな子供達を絶望の淵に追いやる奴である。

 昨日は、2回もこんな目にあって、仕事が夕方までかかってしまった。スムーズにいけば午前中にあがる仕事なのに、これでは、仕事にならない。

 会社では、こういった機器は、支給されない(勝手に自宅勤務をやっていることは大目にみてやるが、それに伴う費用は、一切、支給しないということ。)

 このパソコンも7年位使用しているが、段々、寿命が近づいてきたのか。

 熱暴走かもしれないと思って、蓋を開けてみると、少し状態は改善するが、やはり、パチンが時間をおいて発生。

 仕方ないので、内部のファンの位置を変えたりしても駄目なので、やむを得ず、VISTA対応の為にいれたAGP用のグラフィックボードを外す。

 熱くて手に持てない程。こんなに加熱するのに冷却ファンがついていない。外すと、システムはようやく安定する様になった。

 やはり、このグラフィックボードから出る熱が、CPUの調度、ファンの所に来ていたので、加熱していた様なものだった。

 お陰で、PCの性能は更にショボクなったが、安定して動作する様になった。

 対応策としては、強烈な冷却ファンを入れないと駄目。

 それにしてもパソコンは暖房になる位熱を持つので、夏向きではない。

プラモかと思ったら、本当の巨大クワガタ2010/08/04 21:57

 いまだご近所コミュニティに入れてもらえない。

 今日、となりのオバサンがピンポーンと呼び鈴を鳴らしてやってきたので、どうしたのかと思っていると、「回覧板ですよ。」とのこと。

 でも、オバサンが改めてみると、回覧者欄に僕の家の名前が載っていないので、次の家に持っていくという。

 町内会とかもややこしいし、僕は、お年寄りが苦手なので、このまま放っておかれても、そんなに不自由しないので、このままでも良いかとも思うが、やはり複雑な気持ちになる。

 内容を聞いてみると、町内会で、淡路島に旅行にいくという。別にそんなの行きたくないので、良かったと思う。

 日がかげると、1階の食堂の裏のガラス戸を開けておいたら、涼しい風がヒグラシの鳴き声と共にはいってくる。室温で26~27℃位まで下がってくるので、この環境ならば、クーラーは要らない。

 しかし、他の部屋は、裏からの涼風が入らないので、暑い。特に2階は、非常に暑く、裏窓を開けておいても、部屋の温度はそんなに下がらない。

 今朝、起きてみると真っ青な空で、もう夏というよりも初秋の空みたい。これから徐々に涼しくなるのか。

 夕飯のビールを買いにコンビニに行くと、なんと、店内にクワガタ虫がいて、僕に向かって2本の牙を開いている。

 最初、プラモかなにかとおもったら、本物。足が一本とれているが、大きさは5㎝位ある立派なので、こんな大きなクワガタを直接、触ったのは、初めて。

 携帯かカメラを持っていかなかったので後悔している。

 店長さんに買い物カゴに入れたまま渡すと、外に逃がしにいった。足が1本とれているので、昆虫ショップに売却しても金にならないが、7体満足であれば、良い値段で売れたかも。

 この辺りは、時々、家の中にクワガタやカブトが入ってくるという。近くにクヌギ林があるので、ここを住処にしているのだと思う。

 この様に、周辺の自然環境には恵まれているが、予算がないのに中古住宅を買って、メンテの金がないという最悪の状況に陥っている。

 雨漏りを治すのが精一杯であったことになる。