まもなく悟りの光、認識の白い輝きが僕の脳に降り注ぎ2009/01/21 22:49

 最近の「ザ・ビッグイシュー」は、編集方針が転換し、過激な左翼的な記事から、新進気鋭の小説家達の短編を多く掲載する様になってきた。

 若い人達なので、結構、感性も鋭く、たまには良い作品もある。そうした中で気に入ったのは、滝本達彦の「クリアライト」である。

 ここでまず、登場するには、「縮小現実マニュアル」である。

 作家が作り上げた仮想世界では、「縮小現実」が流行しており、こうしたマニュアル本が、コンビニで販売されている。

 頭の中も、部屋もゴチャゴチャな主人公(僕)は、まるで私みたいな奴だ。マニュアルを参考に本やDVDを処分して、写真や音楽も消去した。こうしたら幾分スッキリしたが、それでも頭の中のゴチャゴチャしたものがかえって気になる様になった。

 そこで「脳」を「新品のシンプルな脳」に交換することにした。新品のシンプルな脳は、システムがクリアインストールされており、おまけに美しく整頓・縮小化された記憶データに置き換えられていた。(この後、妻とのゴチャゴチャが書かれているが省略、販売員のホームレスのオジサンから雑誌を買って読んで下さい。)

 「悟りいかがっすかー?悟り安いっすよ!」の店員の呼び込みで「悟りサロン」に入る。プルプルと一緒で、1回500円で悟れるという。

 「まもなく悟りの光、認識の白い輝きが僕の脳に降り注ぎ.......僕は悟り始めた。」
 主人公は、そこで、人生を終えようとする人がみる夢を、そう、縮小現実のイメージを体感する。

 「説明書に書いてあった通りに慈悲の涙が僕の頬を伝っていった。」

 この小説、なかなか良く書けていると思う。現実経験の整理と縮小、簡素化の過程は、まさに、仏道修行の過程に似ている。また、悟りはイメージの縮小と純化に拠って得られる。そこには慈悲の世界が待っている。

 自らの修行努力は、機械化、マニュアル化、コンビニ化されているが、自助努力で阿羅漢果を得ようと努力する初期仏教の教団での修行に類似するものがある。

 佛教大学のアーカイブスに、授戒会の模様が収められている。
http://www.bukkyo-u.ac.jp/media/archive_o.html

 ここで修行する青年達の様子を見ると、世の中の複雑さを捨て去って純粋に生きようとする強い願望が感じられる。

 現代青年に共通するものなのかも知れない。

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