CYBERSHOT DSC-P12009/04/01 23:41

lumix-G1で撮影 ワイドコンバージョンレンズ、標準ズームワイド端
 今日から4月1日ということだが、別段変わったことは殆どない。

 居住している川西市のゴミ収集システムが処理場施設稼動開始で、日常ゴミ(可燃ゴミ)が週3回から週2回に、減らされ、粗大ゴミが大型ゴミと不燃ゴミに分けられる。プラスティックは、ペットボトルとプラマーク入りの食品パッケージや包装材に分別となる。不思議なことにペットボトルが毎週水曜日に回収となる。毎週、ペットボトルが回収が果たして必要なのか。みんな、そんなにお茶とかビールを飲んでいるのか不可解。
 一番大変なのは、可燃ゴミで週3回でも集積場が一杯なのでに2回だったら出すのが遅れたら置き場所に困る位になるだろう。
 それでも有料回収になるよりもマシという訳か。

 今日は、夕方から日本橋にいって、ジャンクカメラ漁り、CYBERSHOT DSC-P1という準太古カメラ(画素数は334万画素)をゲット、ところが自宅に帰って調べてみると、互換バッテリーは、例のところで発売されているが、カメラ本体に直接接続して、充電機能もあるACアダプタのプラグが特殊形状なので、使用出来ないことが判明。ヤフオクで調べてみたら、なんと、ACアダプタが1800円位、ACアダプター付きジャンクカメラが1000円、この辺りになると価格秩序等跡形もない。折角、カメラはピカピカなのに使用出来ず。

 太古時代から現在まで、コンパクトからデジイチまで、独自バッテリーを使用した製品が大杉。この為、家中ACアダプターだらけになるし、純正バッテリーの製造が停止されても暫くは、互換品が発売されるが、それも時間の問題、やがてバッテリーもACアダプターも入手出来ず、このカメラのように単なるオブジェとなる。

 つまり、デジカメの場合は、将来、クラカメとして長年の愛玩に耐えるカメラは、少ない訳だ。

 例えば、ペンタックスの一眼レフ、東芝SORA、オリンパスカメディアCL-1400は、単三電池(ニカドもあるが)なんで、故障しなければ、バッテリーの寿命を気にする必要はない。しかし、独自バッテリーのカメラは、遅かれ早かれ、時間の経過により、ブッタイ・オブジェとなる。

 メディアの寿命も疑問、既にスマートメディアもなくなっているし、デジカメって、意外とフィルムカメラよりも短命かもしれない。

 長年の使用に耐える丈夫な材質、無理のない設計、陳腐化しない基本設計(特に光学系)、高すぎない画素数、乾電池使用の100年まではいかなくても「50年カメラ」を発売して欲しいものだ。

 最近、agufaのデジカメに注目している。こんなに安いのにドイツ製でしっかりとした造りで、電池駆動だ。デザインも良い。
http://www.gizmoshop.jp/item_agfa830s.php


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 それにしても外は、真冬みたいに寒い。雨が降っているので余計にそう感じる。全く、4月といった感じではない。早春の趣きで、コブシの花が綺麗(写真)。ちょうど、真夏に3000メートル級の山に登った時の気温と湿度感でそれなりに心地よい。

 その後、飲み屋で飲食。蕗が美味しい。こういったあっさり味付けのものが食べられる店は少ないので希少価値。湯豆腐も美味しかったが、それ以外のものはイマイチ。

 佛教大学のWEBをみる。卒論の指導を受けた応用社会学科(現在は、公共政策学科)の関谷龍子先生がなんと准教授にご昇進。不幸にも昨年、遠州先生がお亡くなりになった為に繰り上げになったらしい。

 文学部の先生は、中国学科以外は大きな動きはないらしい。そうそう、学長先生が山極先生に変わられた。先生が学長されている任期にちょうど佛大は100周年を迎えるので、非常に重要なお役目だ。

バッテリーやチャージャーの再利用を可能にして2009/04/02 08:48

IXYDIGITAL70で撮影。
 デジカメが増える毎にバッテリチャージャーの種類も増えていく。同じメーカーなのにバッテリーが機種によって異なるので、カメラを買い換え、買い増し毎に増えることになる。これだけの種類でも、直ぐに取り出したり、保管場所等々鬱陶しい。

 ならば、カメラ等、これからは買わなければよいと言われそうだが、結局、新機種が出るたびに購入している家電メーカーにとっては、鴨の様な存在の消費者の1人なので、そういう訳にはいかない。

 バッテリーやチャージャーの再利用を可能にして、余分なチャージャー分を値引きしてくれるシステムがあれば有り難い。例えば、現在、FZ7(パナソニック)とFZ28を所有しているが、同じバッテリーが使い回しが出来るので、予備バッテリーを買う必要もなく重宝している。(FZ18やFZ28を商品として選択した理由でもある。)それでもチャージャーは、2台に増えることになり、1台分のコスト(お金)と資源が無駄になる。

 最近では、資源リサイクルと言われているが、家電業界がそれに積極的に貢献するどころか「悪用」するケースも○○電気等で出ているようで、リサイクルの手間、労賃、ツケ等は、全て消費者が被っている状況である。

 少しでもリサイクルのコストを下げ、バッテリーという「有害ゴミ」を増やさない為にも行政側で、1つのメーカーでデジカメとかパソコンとかの分野別で使用可能なバッテリー数を制限する等の施策が実施されれば、消費者は大助かりなのだと思う。

流し撮りの勘が戻らない!2009/04/02 22:55

CyberShotDSC-W120で撮影
 4月18~19日には、鈴鹿サーキットに撮影にいく予定だが、1年近く流し撮りを行っていないので、恐らく勘が鈍っていると思うので、流し撮りの練習をする必要がある。

 そこで、今日は、取りあえず、梅田阪急前の陸橋でCyberShot-W120を使って練習を試みた。信号にもよるが結構、高速が走るので、撮影の簡単な練習にはなる。

 CyberShot-W120には、AFロック機能もなく、フォーカスも9メートルと∞等の疑似マニュアルフォーカス機能があるが、微妙にピントが合わないので、通常のAFでピントを撮影地点で合わせておき、シャッターを半押ししたまま、流して、ピント地点でシャッターを深押しするという方法になってしまう。

 しかも、どうしたことからモニタリングしたままで、シングルに合わせるのを忘れていたので、非常にピントが合わせづらかった。このカメラ、コマンド系が複雑で判りにくい。メニューモードから更に詳細設定モードに入っていくので設定に時間がかかる。

 夕方なので、どうしてもシャッター速度が遅くなってしまう(望遠側なので、更にF値が上がる為)。この為、ISO3200まで上げてみるが、やはり、画像が粗くなって実用にはならない。

 それでもクルマの動きに合わせてカメラを動かす練習になるので、撮影を続ける。一番の問題点は、
①フレーミングを正確に行う。
②適切な置きピンの設定と保持(暗い路面では、AFが反応しづらく実際にはかなり難しい。また、AFロック機能もマニュアルモードもないので、非常に使いづらい)
③シャッターを切るポイントの正確さとスムーズなリリース。(ポイントを正確に合わせる為に焦ってしまって指に力が入るので、ブレてしまう。)
④シャッターを切る直前、もしくは、直後にカメラの動きが止まってしまう。(今回の様に遅い被写体の場合は、撮影出来るが、レーシングカーの場合は、シャッターを切った後も惰性でスイングする位でないと頭切れや尻切れ写真になってしまう。)

 要は、落ち着いて撮影操作を行うことだと思う。こんな訳で夜のクルマの流し撮りなので、大部分の写真がブレてしまいました。

私の声が聞こえますか?2009/04/03 09:16

 NHKスペシャル「私の声が聞こえますか。」を録画したものをみて、久しぶりに面白いと思った。

 こうしたTV番組が誇張等もあるので、どこまでが事実であるかという問題点もあるが、報道されている通りに受け止めると、

○脳幹部分及び延髄系統が健在で、それ以外の脳の部位が障害(器質的障害も含む)を受けていて植物人間になっている場合でも、治療によって症状が改善される可能性がある。

 といった趣旨の番組であったと思う。

 この場合に共通しているのは、脳幹部分への刺激(薬剤、電気、末梢神経からの伝達信号の強化)等によって、失われている大脳の中の論理・コミュニケーション回路が再生・修復されるということである。
 従って、調理師のお兄ちゃんのケースの様に日常会話や論理機能が回復しても記憶は喪失されたままとなる。つまり、記憶自体は、パソコンでのリカバリーと同様に失われてしまう訳である。

 電気刺激の場合は、結構、ハードな手術が必要になるが、他の治療法では、患者への負担が低いので、認知症や他の神経障害のリハビリにも応用できそうだ。また、健常者でも、こういった刺激を受けることで更に大脳を活性化させ、学力・能力を挙げることが出来る様になるかも知れない。

 脳幹部分は、これまでは、身体の運動機能(神経やリンパ節)に基本機能を維持させる為に電気信号を神経系を使って伝達するのがメインの働きとみられて来たが、今回の番組で新たに認識されたのは、生体エネルギー(イオンエネルギー)を電気エネルギーへと変換して、脳に「電源」を供給し、更に、機能拡張・維持(蘇生・再生)を行う働きを有していることであり、これは画期的なことであると思う。


 更に研究が進めば、脳幹部分への刺激によって、これまで判らなかった潜在能力を発揮出来る様になるだろう。

 聖書には、イエスや聖人達が、身体の機能が麻痺した人や寝たきりの人の頭部を撫でることによって、奇跡的な回復を遂げたケースが記述されているが、これも同様な刺激治療が行われた可能性が高い。

 この場合は、特に脳幹からの発生信号を手・指等の神経系を使って外部に強力に伝達する能力を会得した修行者が行っていると考えられる。つまり、修行によって脳幹エネルギーを強化すれば、自らの脳の機能強化に加えて、「治療」が行えるレベルに達っするのではないだろうか。

 TV番組でも患者の身体をひたすら擦る場面がみられたが、これは、皮膚刺激を与えている以外に、施術者から発散されるエネルギー信号を無意識の内に患者に伝達しているのかも知れない。

 だから、こういった治療行為を研究する場合には、施術者についても脳神経電流を測定することも有効かも知れない。

 最近になって一般人でも個人レベルで基幹脳神経電流の状態を知ることができるデバイスが発売されている。ゲーム・遊技用だが、基幹脳神経トレーニングにも応用出来そうだ。
http://video.watch.impress.co.jp/docs/parts/20090324_76281.html
 これは、「脳波マウス」と呼ばれる製品だが、実際に取り出しているのは、大脳からの信号ではなくて基幹神経からの電流であると考えられる。このエネルギーを修練を積めば強化、コントロール可能であるという事実を示している。
 
 仏教サイエンスの考え方から言えば、『天台小止観』(岩波文庫)の第9章に記述されている「修止観法門 治病患」が該当する。
 『天台小止観』には、禅定による修行法とその効果が論証されている非常に優れた書物である。禅定の修行をつむことは、脳から指先まで端々の身体の機能をコントロールする脳幹部を自律的に機能させられる様にする再生・蘇生作業そのものなのである。

 古代世界において宗教者が医療の現場で活躍していたのは、この様に、何も迷信であったからではなくて、合理的なのである。それをようやく現代医療サイエンスは、実証しようとしているのである。

近現代の法制度の仮面の下の残虐性と悪夢2009/04/03 23:37

『拷問と処刑の西洋史』(浜本隆志,2007,新潮選書)

 関西大学の先生(文学部教授)の本である。浜本先生は、ドイツ文化論を専攻されている。

 内容的には、残虐な図画や記述もみられるが、猟奇的趣味をそそる程ではない。結局、この本は、中世ドイツ・オーストリア、神聖ローマ帝国(11世紀から18世紀位、マリア・テレジアによる刑法まで)にかけての刑法・刑罰史を文化的背景からみたものである。

 様々な極刑について述べられているが、例えば、車裂き刑の影には、古代ゲルマンの太陽信仰が、絞首刑には、樹木信仰が、火あぶりには、聖火信仰等、キリスト教以前の古代ゲルマンに遡る残虐な残影が、「負の儀式」の背後に見え隠れするのである。

 宗教裁判から発達した西洋世界における裁判の歴史が近現代の法制度の仮面を被っても今なお、残虐さをその背後に保ち続けている有様がマリア・テレジアが制定した拷問や処刑に関する規定に見え隠れしている。

 こうした「負の儀式」の側面は、結局、ナチスによるユダヤ人大量殺戮にまで、結びついていくのである。

 私は、法律や裁判が大嫌いである。正義の仮面を被りながらも、こうした拷問、極刑の残虐性を有しているからである。それは、現代法制度にも保たれているのである。

 裁判員制度では、効率的な裁判を進める為に検察側では、犯罪の立検についてスピーディ(タイムリー)に行う為に、あらゆる科学捜査を動員、少しでも早く犯人の自白に結びつける為に取り調べ制度の「改善」を進めている。中には拘束具や恫喝、暴力による自白強要等のケースも報告されている。正義、国民による自主的な裁判の為に、憐れな被疑者が犠牲になるのである。

 こうした本を読んで、やはり、裁判員制度の採用はやむを得ずとしながらも、拙速による誤審が取り返しのない過ちに結びつかない様に、死刑制度を廃止しなければならないと思う。

 そういった意味でこの本は反面教師なのである。

白鳥由栄の「脱獄歴」2009/04/04 16:08

 北朝鮮のミサイル発射の誤報で日本政府、防衛庁の権威も地に堕ちた。

 発射情報も正確に把握、伝達も出来ないのではあれば、防衛庁も存在価値はない。
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 さっき、TVで白鳥由栄の「脱獄歴」が簡単に紹介されていたので、インターネットで検索したら、ここに非常に詳しく書かれているのを発見。
http://www.h3.dion.ne.jp/~oyama/boukenn-folder/bouken-siratori.htm

 TVの番組よりも、ずっと過酷な監獄での取扱で、脱獄をせずにはおられない状況であったようだ。それにしても4つの刑務所 それも脱獄犯用の厳重警備の独房からの脱出なので、凄いと思う。

 脱獄後、農夫を殺意がないままに殺害してしまい死刑が確定したが、再び脱獄後の裁判で、刑が減刑されている。脱獄後が刑が軽くなるのも不思議なことである。

 これだから検察や法律などはいい加減なものであり、人間は、自分の生存権を自分の力で守らなければならない訳である。

 映画「アルカトラス島よりの脱出」よりも、凄いことが実際に起きていたことを雨の日のTV鑑賞で知った。

最先端技術の結晶2009/04/04 16:40

『報復兵器V2』(野木恵一,1999,光人社NF文庫)

 この本は、ISS国際宇宙ステーション等、世界を時めく存在で、最先端科学の象徴であるNASAの産みの親、ウエルナー・フォン・ブラウンがナチスドイツ時代に開発した秘密兵器V2号について書かれている。こうした著書の中では、これが一番面白い。

 この本の巻末にノドンやテポドンについても当時の情報に基づいて書かれている。その中で、弾道ミサイル防御の10原則が書かれている。
①飛来する弾道ミサイルの撃墜は技術的に不可能。
②弾道ミサイルの早期警戒も非常に困難。
③飛行中のミサイルの妨害は、慣性誘導を使っている限り、原理的に不可能。
④弾道ミサイルの命中度の悪さ、信頼性の低さがかえって、防御側の対処を困難にする。
⑤移動式ミサイルを発射段階で発見し、攻撃することはも極めて困難。
⑥航空優勢を確保すれば、発射の機会を減らせるが、完全な制圧は困難。
⑦固定発射施設は、航空攻撃で容易に破壊される。
⑧ミサイルの輸送や補給を阻止、妨害するのは有効。但し、即効性はない。
⑨ミサイルの開発や生産の阻止は、相手が隠蔽や疎開を図っている場合には有効ではない。
⑩最終的な防御は、地上軍でミサイルを攻撃可能圏内から駆逐すること。

 今や、その通りの現象が起きつつある訳だ。


 この本を読めば、人工衛星とミサイルの違い等も理解出来る。もし、現在、V2を大量に生産し、列車地下トンネル輸送や、カモフラージュ漁船から発射できれば、極東世界を恐怖のどん底に陥れることも出来る。
 巨大なICBMは、米軍の探知システムに発射炎の熱痕を探知することで発射を知ることが出来るが、このV2に現代の高性能燃料を搭載すれば、殆ど探知出来ずに、局地戦での攻撃に大きな威力を発揮出来るだろう。
 当然、一度に大量発射すれば、イージス艦やその他の防空システムも探知は困難である。
 V2の時代には、制御用のコンピュータ技術がなかったので、無線や自動操縦だったので、妨害電波で堕とすという方法がイギリス等で採用されたが、現代では、それも不可能である。

 今の世の中、「縮小世界」なので、こうした小型ロケットに強力な破壊能力を持つ超小型核兵器や生物兵器(改良ウィルス兵器、GMO害虫等々)等を載せて発射するだけで、大きな効果を発揮する。

 テポドン2は北朝鮮が完全な核抑止力を保有したことを世界に知らせる為の巨大な宣伝塔でもあるが、実際の核戦争になれば、こんな程度では、済まないだろう。

 一度に数十基が発射され、更に分裂弾頭で散弾の様に小型中性子爆弾によって無数の爆弾が罪もない人民を殺戮しつくすだろう。

 ミサイル迎撃システム等、殆ど有効ではない。ミサイルや核がこれまでは保有能力がないとされている国まで保有される様になった事態を解決する何か方策はあるのだろうか。

 米・ソ(露)の核制限交渉等、もはや時代遅れの産物でしかない。

佛教教育学園2009/04/04 17:19

佛大の教育理念は、佛教教育学園になって変化するのだろうか。

>佛教大学などを経営する学校法人・浄土宗教育資団(京都市北区)の水谷幸正理事長らが30日、記者会見し、4月1日から同法人の名称を「佛教教育学園」に変更すると発表した。

 同法人は同日、同じ浄土宗系の学校法人・東山学園(同市左京区)と合併予定。新法人は大学、高校、中学、幼稚園の計9校園(総定員約1万1400人)を経営することになり、京都では立命館や同志社などに次ぎ5番目の規模になる。

 佛教大学の教育システムの特色としては、FDに力を入れている点である。私が存じ上げているF先生がリーダーになって活動を続けている。写真は、その成果をまとめたもので、私が最後の入手したバージョンである。

 実に読み応えのある内容で、大学の入学案内を読むよりも、この冊子を読んだ方が、佛大の素顔が見えてくる筈(入学案内は良いことしか書いていないし、オープンキャンパスで自学の悪口を言う人もいないと思うので、こうした資料が大学評価として貴重)

 佛大のFDの成果の証拠は学生さん達の顔に表れている。
こちらは、入学式の様子
http://www.bukkyo-u.ac.jp/album/entrance2009/index.html
これは、卒業式の様子
http://www.bukkyo-u.ac.jp/album/graduation2009/

 なんと言うか、入学式の学生さんの様子は、「こんな大学に来て....」といった感じだが、卒業式では、「やったー、楽しかったなぁー」という満足げな表示が見てとれる。

 学生さんがこれからどんな生活をするのだろうかをみるには、
http://www.bukkyo-u.ac.jp/media/stream/rookie01.asx

 を見たら良く判る。大学の情報なんて、お仕着せの情報で選ぶと私の様な失敗をするのである。

 それにしても新年度の佛大カレンダーが欲しいな-。私のことを知っている佛大の先生方がおられたらお願いします。御礼もさせていただきます。

LUMIXで撮る!春のフォトコンテスト2009/04/05 00:20

LUMIXで撮る!春のフォトコンテスト P1010568 またまた、落選と思うが、取りあえず、応募してみた。 案外に良い作品は少ない。 今回からPICMATEの会員になってそこのコンテストのアルバムアップロードする仕組みになっている。 会員相互の作品を通じての交流の場を想定しているらしい。 http://club.panasonic.jp/mall/lumixclub/open/event/09spring/index.html

日本の撃墜王2009/04/05 00:39

「歴史通」WILL別冊4月号

 今回は、「零戦と坂井三郎」という特集。
 定価800円だが、これだけ800円払って得をした気分にさせられた雑誌はない。

 坂井三郎は、名零戦パイロットで、先の大戦を通じて活躍、通算64機という撃墜歴を誇るまさに「撃墜王」に相応しい人物である。

 この人に匹敵するのが、ドイツ帝国のリヒト・フォーヘン男爵で80機を撃墜している。しかし、三枚複葉機のフォッカーは、ドッグファイトの為に作られた様な機体であるが、零戦とは、速度も敵機の強度も火砲の威力も全く違う。

 第1次世界大戦の空中戦は、機体を破壊するというよりも、パイロット同士の一騎打ちの撃ち合いである。しかし、第2次世界大戦では、編隊戦であり、ドッグファイトの性質が異なる。

 ラバウルで負傷するまで坂井は、大量の写真を愛用のライカカメラを持参して、空中戦の様子を記録していたという。ところが、残念なことに負傷して帰国する時に大部分が失われてしまった。

 そこで手記を元に佐竹正夫画伯が美しいというか凄い絵を残しており、その中の数枚が掲載されている。この絵だけでもこの雑誌の価格相応の価値は果たされている。

 ゼロ戦の登場当初から終戦が近づく頃に開発された52型の機体までの変遷や戦史は他の本にも書かれているが、坂井個人の戦闘歴や日本軍の特攻行為への考え方、戦陣訓等への否定的な考え方等、ユニークであり、実に、本当の強者であったと言えそうだ。

 特攻作戦では多くの犠牲が出ており、この行為自体がいけないことであるが、それよりも、折角、命を国家に捧げて敵艦に体当たりしていくのだが、大抵は途中で打ち落とされてしまって、無駄な命を散らすことになった点を強く非難している。

 250キロ爆弾を抱えていては、時速200キロ程度しか出ないので、敵艦の機関砲の餌食になる。爆弾を50キロに落とせば、巡航速度に達するので攻撃の成功率が高まると坂井は指摘している。また、50キロ爆弾で空母の甲板を使用不可能にするのには十分だという。

坂井は、西暦2000年、84歳まで生きながらえた。しかし、他のエリートとは異なる視点から終始、零戦と第2次世界大戦を振り返ってみていた点が異なるので興味深い。

 特に、第2次世界大戦を記念する催しに渡米した時に、アメリカ人がかっての敵国の撃墜王を憎しみの目でみることがなく、フェアな目でみてくれている点が、日本人とは異なる点であり、こうした広い視野を日本人がもたない限りは、同じ過ちを繰りかえすことにもなりかねないとの意見も持っていたようだ。

 写真は、52型のミニチュア。