岸田今日子さん、生涯最後のアニメ出演2008/10/26 17:18

 先日、ブログに書いた折口信夫原作の『死者の書』の感想を1つ。
http://fry.asablo.jp/blog/2008/10/23/3841379
 作品自体は、70分であるが、これだけの長さを人形アニメーションで再現するとなれば、並大抵のことではない。
 精緻な人形細工、アニメーション技法、舞台・美術の効果もあり、予想していた以上に価値ある作品に仕上がっている。
 何よりも強い印象を受けたのが岸田今日子さんのナレーションで、これがアニメーション生涯最後の出演だったという。
 岸田さんの語り方は、幾分、声を落としているが、時空を越えて語りかける独特の質感が表現されていて良かった。
 人形は当然、素晴らしい、特に郎女の表情はまるで生きているようだし、アニメーションでは、動きが表現されるが、舞いながら歩いていく様子や、機を織る様子等もリアルに表現されている。僅か十数秒のシーンが1週間以上もかけて撮影されたという。
 寺院や奈良都大路等の建築物等も見事に再現されている。実際の1/6大きさで木組みが本当に再現されている。
 遠景の山々や町並み等は、大和絵(実に巨大なもの)で描かれており、それが、夢幻の空間の広がりを醸し出す、独特の効果を生んでおり、これも人形アニメならではだと思う。
 でも、何よりも驚かされたのは、小道具であり、例えば、郎女が機を織るシーンで数秒位しか出てこない機は、実際に、操作出来る。
 この他、蓮糸、布地、敷物、筵も実際に織ったり、編んだりして作られている。
 大仏殿のシーンでは、創建当時の大仏が復元されている。これは、信貴山縁起絵巻を参考に再現された大仏様であるし、広目天、多聞天等の脇持には、当時の色彩が復元されている。荘厳は、敦煌等の遺物等も参考にされており、正に仏教文化の集大成と言える。
 多聞天が道鏡がモデルだと劇中台詞があったが、これは、時代的に20~30年位厳しいと思う。
  川本喜八郎監督は、この作品は、「解脱」をテーマにしているという。時空・彼岸・此岸を越えた大津皇子の執念が、郎女の純粋な心に浄化されていく過程が後半の見せどころであるが、郎女も、皇子というか二上山の神への終着が、仏を感得し、曼荼羅を織り、描くことで浄化されていく場面がクライマックスとなっている。
 特に姫君は、最初は二上山の不思議な光に見せられて、彼の地に趣き、そこで、大津御子の怨霊に出逢い、信仰の力で浄化し、皇子から姫に転移したとも言える強い終着が曼荼羅を織り上げることで、浄化・解脱されるということだが、それならば、曼荼羅に描かれている阿弥陀・浄土の世界と姫の心の関わりがどうであったのかという問題についても表現して欲しかった。
 でも、それを顕わにすれば、仏教芸術作品となってしまって、広く一般の普遍的な理解が得られなかったということなのだろうか。
  こうしたことを考え合わせると、古代への情念について多面的な見方を持っていた原作者折口信夫の描きたかった世界、そのものであるかともなれば、些か疑問点もない訳でもない。
 最後のキャプションを見ると、実に多くの人達がこの作品の制作に携わっている。日本の人形アニメーションでは、部類の力作と言えようか。
 それにしても、中将姫を演ずる宮沢りえちゃんの唱える「南無阿弥陀仏」の澄んだ声を聴くだけでも、清々しい気分にさせてくれる。

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