フィッシャーのピアノの凄み2009/02/06 12:59

IXYDIGITAL70で撮影。
 先日入手した「ブラームスピアノ協奏曲第2番ニ長調」(エドウィン・フィッシャーpf、ウィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリンフィル1942年ライブ、米TURNABOUTLP盤)の復刻作業が完了した。

 入念にLP盤をクリーニングして、GT750,DL103Rカートリッジ→自作管球エコライザーアンプ→サウンドブラスター→PC経由でデジタル録音(44.1KHZ、16ビット)を行った。

 再生は極めて良好で、先日のカラヤン盤よりも聞き込まれていないので、ノイズも少ない。
 SSW6.0(マイミュージックスタジオ)のアナログオーディオファイルを読み込みを実行、波形編集モードで信号処理を行う。2箇所程、プチノイズの箇所を最新の注意を払って除去。
 ノイズゲート、フィルター処理、音場を豊かにする為の処理等を行い。CDに焼く。
 ラベルは、プリンターで印刷して貼り付ける(FAX併用プリンターなので、ラベル直接印字が出来ないのが残念)

 早速、再生。 「これが、1942年の録音か!」と思える程、ピアノは、2本のSPの中央に大きめに広がり、奧からフルトヴェングラーの息づかい、足音が聞こえてくる。フィッシャーのペダリングも聞こえる。

 『フルトヴェングラーの全名演名盤』(宇野功芳著、講談社α文庫絶版)には、TURNABOUT盤の元となっているソ連メロディア盤CDの批評が掲載されている。それによると、「古い録音のせいもあるのだろうが、すっきりとしたタッチもピアニズムの美しさも皆無で、音も割れ気味...」という音質評価がされているが、確かにピアノの割れは、丁寧に歪みとノイズを除去しても残ってしまったが、それでも、全体の音質のランクは、戦前のモノラル録音では上級品で、例えば、メンゲルベルクのマーラー4番の戦前録音に匹敵する鮮明さである。1950年にEMI、ウィーンフィルが録音したベートーヴェンの交響曲第7番よりも鮮明な音質である。1947年録音のSP盤のエロイカに比べるとこちらの音質の方がずっと生々しく優れている。

 この協奏曲第2番ニ長調は、バックハウスの演奏でもスケールが小さく聞こえてしまいがちであるが、この演奏は、さすがフルトヴェングラーなので、数倍の規模のスケールで迫ってくる。フィッシャーのピアノは、当時のピアニストの中で、音は大きく、鮮やかに響く、少し柔らかめのオルゴールの様なピーーーンとした音が特徴である。この音色は、フルトヴェングラー自作のピアノと管弦楽のための作品の演奏にも聞き取ることが出来る。

 昔、ピアノの練習をやらされていた時にフィッシャーの教則本(音楽之友社版)を少し(足かけ2年程)勉強したことがあるが、常に強靱なタッチを保持する為に指の形が変形する程の厳しいトレーニングが課せられる。

 戦前の伝統的なドイツ音楽の担い手としてのピアニストには、バックハウス、ケンプと並び称されるが、このフィッシャーである。

 バックハウスは、たしかにテクニックは優れているが、ディテールを聴くべきピアニストである。だから、コンサートで独奏曲を弾いたり、あるいは、小規模のホールでのコンチェルト演奏に向いている。
 ケンプは、ベートーヴェン→リスト以来のドイツピアニズムの正統の直系の後継者であるが、テクニックも指も弱い。しかし、音色は、艶やかで、美しく澄んでおり、輝きを持っている。

 フィッシャーは、これらのピアニストの誰にも当て嵌まらない。ベートーヴェンと中期以降のドイツ浪漫派の作品、それもやはり後期浪漫派の時代の巨匠達の協奏曲を演奏する為に生まれてきたピアニストだ。
 フルトヴェングラーのオーケストラを時には凌駕するスケールと音量は、この録音からも十分に聞き取ることが出来る。それは、脅威を感じさせる程の巨大さである。

 但し、音量を優先すること、フルトヴェングラーの流れる様なテンポの変動に合わせる為にかなりタッチが粗く、ミスも目立つのが惜しいところ。でも、それがこの演奏の良い点でもある。
 ピアノは、べーゼンドルファーだろうか、ベヒシュタインではないだろう。間違ってもエラールや、スタインウェイの音ではない。

 べーゼンドルファーのピアノでベートーヴェンの3番のコンチェルトを生で聴いたが、やはり、音の伸びが良くてしかも柔らかで、スケールも大きいので感動した記憶がある。

 いずれにしても今のアメリカナイズされたクラシック演奏では聴けない貴重な演奏である。

私の「一太郎史」2009/02/06 22:42

IXYDIGITAL70で撮影。
 今日、予約していた一太郎2009がジャストシステムからの直配便で到着した。コンビニ払いなので、早速、ローソンでバージョンアップ版の料金\7980を支払った。

 写真の左側は、私が最初に購入した一太郎VER4.0(1989年購入)

 たしか、5万9800円位したと思う。PC9801版で一応フロッピーで動作可能であったが、実際に、スムーズに動かすには、HDDが必要であった。当時40MBのでも30万円以上はしていたと思う。中古品でHDDを購入したのは、その後1年以上も経過していたと思う。

 その間、不便さを感じながらFDDで運用していた。パソコン歴は、その時点で5年位であったが、本格的なアプリが登場したことに酔いしれていた。

 分厚いマニュアル、印刷の匂い、豪華な装幀、実にデラックス感溢れる製品であった。当時の一太郎やPCには、夢とステータスがあった。

 一般的には、ワープロは、専用機が主流で、私の会社でも、1988年に和文タイプを全廃(タイピストは解雇)、オアシスによるワープロ整版に切り換えた。その後、ウチの社長は、愚かなことに、ワープロに狂い、従業員をクビにしながら、オアシスの最高機種を毎年の様に更新していった。当時、ワープロは、DTP可能なレーザープリンター付きで300万円位はしたと思う。
 
 それに比べてパソコンは安い。それでも個人が所有するものとしては、贅沢品であり、一太郎を使用しているのも会社は兎も角、個人使用は少なかった。

 こうして、MS-DOS→マック→ウインドウズと一貫して日本語ワープロは、一太郎を使用し続けていたと言いたい。しかし、残念なことに、その後、会社でワープロを全廃、オアシスWINというどうしようもないソフトに乗り換えてしまった。WORDファイルならば、互換性があり、一太郎はないというので、WORDを使用せざるを得なくなった。

 しかし、WORDは、馬鹿が開発したのか思うほど、日本語変換機能が非常にお粗末だったので、ATOKは、ずっと使い続けて、今日に至っている。佛教大学でもSSTネットというレポートのインターネット経由での提出システムがあるが、WORDと共に一太郎も標準フォーマットとして認定されている。

 2002年に佛大通信の大学院に最初に入学した時、レポートは全て一太郎であった。その後社会学部、仏教芸術コースに再入学してからは、WORDに転向した。社会調査の結果等、EXCELLの表組みを組み込むレポートを作成する場合が多くなった為である。

 一太郎とWORDでは、使用していて全然、気分が違う、WORDは、非常に覚めているというか、

「本当は英語が世界言語の中で、もっとも優秀なのに、より下級な日本語の文章を無理矢理「作成」しているという感じ。」

つまり、白人至上の価値観に基づくアメリカ的製品だ。

 そうして、ビジネス的に、論理的に完結に文章をまとめようという意図が強く働く、一方、一太郎は、日本人の思考パターンに基づいて開発されているので、文章を「書いている」という感じで、使用していると、次々に着想が浮かんでくる。

 必ずしも着想が浮かんでくるというのは良い訳ではない。仕上がった文章や論文が複雑で判りにくいものになり、中には客観性を欠く場合も出てくる。

 でも使用していて楽しい気分になれるのは、一太郎だと思う。

 今回の新バージョンでWORDの縦組みの文章に横組みの表を組み込んだ場合もスムーズに読み込み、加工出来て、互換性が確認出来れば、一太郎に変更しようと思うが、果たしてどうだろうか。

また、最近の一太郎は、操作画面が複雑になり過ぎて使いにくいという欠点があったが、再びシンプルな使いやすさを追求した画面設計に生まれ変わっているという。

 母親にパソコンを教えていたことがあるが、70歳を過ぎてパソコンをはじめたのに、古典の注釈、源氏物語講読のレジュメ等(漢文等の訓点も一太郎で作成出来るようになった。)カラー版のCG(なんと母はパソコンで絵を描いてしまう)入りの美しいレジュメを私などよりも、見事に作成する様になるまで時間はかからなかった。

 それだけ、国文学関係には、親和性を発揮するのが一太郎だと思う。だから、何時までも応援していくつもりだ。