ソビエト化の頂点・ゾルキーシリーズの完成型か。2008/12/13 23:26

IXYDIGITAL70で撮影。
 このカメラは、ゾルキー4型(初期型)で、1950年代の後半に生産された初期型である。この時代、本家ライカは、ライカⅢfの時代であり、パルナック型を踏襲しており、ピント合わせとフレーミングは別々のファインダー窓で行う方式であった。
 このゾルキー4型は、左下の背面の写真をみれば判る様に、シングルファインダー窓で、しかも視度調整機能までついている。ファインダーは、フォクトレンダー(日本)のBESSA-Rの様には明るくはないが、ダブルファインダーに比べて格段に効率的で、進歩している。
 つまり、模倣の時代から始まって20年足らずの間にライカをある意味では追い越したのである。しかし、依然、シャッターリングは回転するし、フィルム巻き上げは回転式、飯ごう型から裏蓋が外れる方式となり、フィルムは入れやすくなったが、光線漏れが発生しやすい等良いことばかりではない。
 この時代がソビエトカメラの頂点であったといえるだろう。この後、ゾルキー5、ゾルキー4Kと続く。
 Lマウントレンズもソビエト独自のものが開発されていく。インダスタール50㎜を沈胴から固定型に改良?したレンズ、あるいは、コンタックスのゾナーをソビエト化し、更にコンタックスマウントからLマウントに変更したジュピター3やジュピター8型(写真のレンズ)である。
 レンズは、ソビエトが光学設計まで独自でやらなかったお陰(笑い)で、非常にシャープでジュピター8の良いものは、コンタックスゾナー(オプトン)に匹敵すると思わせる様な性能を持っている。
 しかし、これ以上の機構的な進化は殆どない。ずっと停滞が続いていくのである。それは、正にソビエト社会主義体制の行き詰まりを繁栄したかの様な民生技術の停滞である。
 
 このカメラ暫く愛用していたが、重たいし、裏蓋が撮影中に外れかかるし、最悪なのは、アイレットが筐体の金属にアナを開けて直付けなので、それが風化して外れて、カメラを落としかかるし、最低であったが、撮影自体は、楽しく快適であった。
 コンタックスコピーのキエフよりも故障が少なく撮影がし易い。
 もし、BESSAシリーズ等が発売されなければ、Lマウントの撮影機としては、中心的に使用していたかも知れない。
 ロシア時代になって、後塗りでブラックやゴールド等に塗り替えて外皮等も新たに貼った豪華版もあるが、性能は、相変わらずである。

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