姜友邦氏による「高句麗古墳壁画の霊気文の様相とその伝播」についての考察2009/05/07 00:45

 先日、このブログの記事に書いたAube比較芸術論の中で、井上、安藤両先生の論文以外に興味があったのが、姜友邦氏による「高句麗古墳壁画の霊気文の様相とその伝播」という論文である。

 霊気文とは、中国の道教の思想の中の陰陽二元説の他に霊気が万物の源であり、宇宙や生命を形成するという考え方が文様に活かされたもので、仏像や仏教絵画に用いられる場合は、仏の持つ生命力・パワーを強調して表現する際に使用される。

 高句麗の古墳壁画には、霊気を単純な幾何学的な文様で表現したものから、壁画に描かれた人物画(この論文では力士像)の身体の輪郭等に描かれている。朝鮮半島でも6世紀に入ると仏像が活発に製作される様になるが、古墳時代に既にみられた霊気による仏像の装飾や寺院を含めた荘厳にも使用される。姜氏の論文には、国宝金銅半跏思惟像の宝冠の部分の装飾を例に挙げている。
 
 しかし、それよりも霊気による仏像の装飾が良く認められるのは、法隆城金銅の釈迦三尊像である。左側の脇侍は、蓮華から化生した有様を示しているが、その裾や衣の輪郭には、霊気を表現する角の様な縁取りがみられ、これは、高句麗古墳の力士像と類似している。更に、釈迦如来像の足下の裳が翻っている様子、霊気によって特殊な広がり方を見せている。

 この様に中国道教の思想の影響を受けた霊気による仏教装飾は、蓮華やその他の植物から生物や仏が生じるという化生と共に、東洋の仏教美術の表現の中で、大きな位置を示している。それらは、融合することもあり、あるいは、区別して使用される場合もある。

 インドと中国の宇宙・生命思想が融合して新たな仏教芸術を産み出されたのである。

 Aubeには、「高句麗古墳壁画の霊気文の様相とその伝播」が発表されたシンポジウムの模様も収録されているが、その中で、安藤佳香先生が大きな興味を示している有様が書かれている。(189頁)

 「尊像の持つパワーを表現する方法のキーワードは、井上先生のいうように化生や化現というキーワードがある。蓮華文はそうした思想背景によって生まれたが、霊気表現という起源の異なる2つの文様が重合、集合した新しい荘厳が産み出されたのではないかと考えている。霊気文様は、生命力を表現するというよりも、光を含めたあらゆるエネルギーを表現しているのではないかと思う。グプタ式唐草もその様なエネルギー文様である。」といった旨の発言をされている。

 道教思想は、先述した日本書記の世界創世にまつわる表現に影響を与え、斎藤先生は、それは、中国を中心としたグローバル世界の共通思想として国際性を持っていたとされている。日本人古来の考え方としては、自然のあらゆるものを信仰の対象とする考え方があり、潔癖でしかも、実存的である。だから、「世界の創世」といったことよりも、自分達が崇拝する祖先神の行跡を具体的に話し伝えようとしたのに対して、日本書紀の場合は、抽象論を含めて、論理的である。

 仏教も同様に中国→朝鮮半島→日本へと伝播した国際宗教であるから、法隆寺を始めとして、その他の寺院でも同様にインドの化生思想、霊気思想をそのまま取り入れたのである。

 しかし、日本のこうした潔癖かつ実際的な信仰形態、つまり、岩ならば、岩そのもの、木ならば、木そのもの、あるいは、山全体までもをそのまま祀り、崇拝するといった心情とは異なる。

 したがって霊木化現仏についても井上先生の論を読み、安藤先生にも直接お話を聞いたが、単純にインド、中国、そして、日本の思想文化が、そのまま融合して、仏像製作や装飾に反映されたという考え方には、少し、疑問を感じさせられるところもある。例えば、霊石化現仏は、朝鮮半島の信仰である。日本人ならば、もともとは、自然をそのまま保全、保護し、崇拝する思想文化であるので、わざわざ山や岩を削って神像を造るようなことはしないだろう。たしかに神仏習合の証拠として神像が挙げられているが、これも日本独自の文化というよりも、8世紀から中央政権が進めた国家神道の傾向がグローバルリズムの影響を受ける様になり、変質した結果ではないかと思っている。

 装飾(かざり)と文化史、思想背景との関わりの研究は未だ始まったばかりだと思う。もっと多くの証拠を集めて検証してみることが必要であると思う。