古家との別離と解体 ― 2010/09/02 21:18
叔母のアトリエが取り壊されるようだ。
http://tsudahibi.exblog.jp/13669925/
僕が、お盆の日に見た姿は本当に最後の有様だったのかも知れない。
高校にもロクに行かず、形だけ卒業させてもらってから2年間近く、放浪していた。
そんな20歳位の時、毎日の様に叔母の家を訪れて、夕ご飯やお風呂をご馳走になっていた。
その折に、「あんたは、ずっと斜(ハス)を見ている。ちゃんと正面をみないとろくなことにならへんよ。」と言われたことを覚えている。
それから30年、叔母が亡くなっても僕は斜(ハス)をみたままだ。
この家で母が生まれ・育ち、生後まもなくの自分も育ち、私の「イエ」を1世紀近く見守り・育み続けてきたところだ。
それが無くなった今、母親も私も、この世に存在している意義というか理由もなくなった。
今から10年位前に小豆島の別荘というかアトリエも処分して、ウチは、完全に没落してしまった。
甥夫婦も子供がおらず、弟は畿内から離れた信州の遠国におる。
「イエ」も私の代で消える運命なのかもしれない。
自殺したいが死にきれず、このまま苦しみ続けていくしかない。
この世にあるのは、苦しみのみの様な気がするのでお酒が手放せなくなった。
http://tsudahibi.exblog.jp/13669925/
僕が、お盆の日に見た姿は本当に最後の有様だったのかも知れない。
高校にもロクに行かず、形だけ卒業させてもらってから2年間近く、放浪していた。
そんな20歳位の時、毎日の様に叔母の家を訪れて、夕ご飯やお風呂をご馳走になっていた。
その折に、「あんたは、ずっと斜(ハス)を見ている。ちゃんと正面をみないとろくなことにならへんよ。」と言われたことを覚えている。
それから30年、叔母が亡くなっても僕は斜(ハス)をみたままだ。
この家で母が生まれ・育ち、生後まもなくの自分も育ち、私の「イエ」を1世紀近く見守り・育み続けてきたところだ。
それが無くなった今、母親も私も、この世に存在している意義というか理由もなくなった。
今から10年位前に小豆島の別荘というかアトリエも処分して、ウチは、完全に没落してしまった。
甥夫婦も子供がおらず、弟は畿内から離れた信州の遠国におる。
「イエ」も私の代で消える運命なのかもしれない。
自殺したいが死にきれず、このまま苦しみ続けていくしかない。
この世にあるのは、苦しみのみの様な気がするのでお酒が手放せなくなった。
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