ホデリ(海幸)、ホオリ(山幸)の誕生と海幸山幸の伝説2009/09/26 22:55

 本日は、斎藤英喜先生のNHK文化センターの日本神話の最後であった。今回は、ニニギノミコトが高千穂に下り、コノハナノサクヤビメと婚姻、イワナガヒメを捨てるといった話から、ホデリ(海幸)、ホオリ(山幸)の誕生と海幸山幸の伝説、隼人族の服従と皇祖の一族の誕生、神武天皇に至るまでの話が中心であった。

 この中で、海幸彦・山幸彦の話は、実は、皇祖の誕生説話の中で、大きな役割を担っていること、異種婚姻譚の神話の中での位置づけ等、非常に興味が深い内容だった。

 海幸・山幸というのは、異境訪問と異種婚姻譚の観点から斎藤先生は、説明されたが、私は、更に貴種流離譚の話形も含まれていると先生の話を聞きながら思った。

 特に私は、竹取物語や源氏物語との話形の類似性も想起された。

 その説明として、貴種流離譚の始めは、より上位の世界から追放という話に始まる。海幸・山幸の場合は、上位の世界(神の子孫の世界)から海竜王の宮殿(竜宮の様に描かれているが、その正体は、海のイキモノ、鰐鮫が人間の様に振る舞って、宮殿にいる様に錯覚を起こさせている点で、海竜王は、より低級な海棲生物の世界であった。)に下る話。

 比較としては、素戔嗚尊の高天原から天下る話、かぐや姫の月世界から地上、源氏物語では、光源氏の都から須磨・明石の田舎へ下るということであり、その原因としては、罪(タブー)を侵すこと、あるいは、兄弟イジメが挙げられる。

 異境訪問譚は、海竜王の宮殿、光源氏の離京と明石、須磨の鄙の訪問、人間世界への降誕といった風に語られる。古事記の海幸・山幸の話で興味深いのは、山幸が海底世界を訪問するまでは、話者あるいは、山幸の視点で描かれるが、その後は、豊玉姫とその家来の視点に転換されて山幸の姿が描かれていることである。つまり、視点変換を行うことにより、上位から下位の世界への移動を表現しようとしているのである。

 異種婚姻譚、これは、上位の世界にいるものが、下位の世界を訪問し、そこの世界の姫君や婿と交雑することである。かぐや姫の場合は、単なる求婚譚に終わったが、素戔嗚尊、山幸、光源氏の場合は、実際に婚姻し、子供が出来ている。この異種婚姻の世界は、結局、主人公が下位の世界から上位の世界の戻ろうとする時点で破局を迎える。かぐや姫の昇天、山幸が釣針を手に入れて兄の元に返っていく、光源氏の中央政界への復帰ということになる。
 更に貴種流離+異種婚姻譚の結果生じるものは、それは、仇敵への呪詛による勝利である。例えば、山幸は、海幸を呪文によって苦しめ、降参させる。光源氏の場合、政敵・朱雀帝を病に陥れる様な復讐を遂げる。

 以下の内容を次の通り整理してみた。


          兄弟イジメ
 貴種流離譚=罪を犯す +異境訪問譚+異種婚姻譚+敵を調伏
          その他

 海幸・山幸=釣り針を巡るイジメ
 源氏物語 =桐壺更衣イジメ 弘徽殿女御の光源氏イジメ

 罪を犯す =かぐや姫(どんな罪からは判らない)
      =素戔嗚尊(天津罪)
      =光源氏(朧月夜との密通)、背後には藤壺との密通

 異境訪問譚=山から海へ(海竜王の宮殿へ・浦島説話)
      =月から地球へ
      =高天原を追放
      =都から須磨・明石へ

 異種婚姻譚=豊玉姫(実は、サメであった)
      =かぐや姫と求婚者(婚姻には至らず。)
      =クシナダヒメ
      =明石の君
(当時、都の人にとっては、鄙の人は、人間とはみなされて         いなかった。)

 貴種流離の破局

      ・事情を相手に悟られる。釈明する。
(鶴女房にみられる様な「見るな」の世界)
       元に世界に帰らなくてはなくなる。
(竹取の帝、翁・媼との別れ、・山幸の別れ、
      光源氏と明石入道との別れ)

 敵を調伏
      ・大蛇退治
      ・弘徽殿方への復讐と政界への復帰
      ・海幸を苦しめる


 今回の海幸・山幸譚が天孫降臨という、皇祖説話に何故、結びついているのかという点が、古事記上巻では、大きな謎の1つである。
 結局、天皇家の祖先は、隼人族と兄弟関係にあるが、海竜王の助けを借りて、兄弟の覇権争いに勝利し、その後の子孫繁栄につながっていくということである。皇祖神の系譜をみると、穀物豊穣につながる神々であるが、何故、海竜王と関連づけられるのか等、大きな謎であると思う。

 私なりに、大胆な推理をしてみると、皇祖が誕生した頃の日本列島には、①皇祖の一族の様な太陽信仰の一族、②海洋神を信仰する一族、③もう1つの勢力が互いに覇権を争っていた。天孫降臨の場所が九州南部であること、これは、北部九州には、③のもう1つの勢力が非常に強かったものとみられる。①九州南部に発生した太陽信仰の一族の王位継承権争いが発生し、国が乱れたが、②の海洋神を信仰する一族と婚姻関係を結び、同盟を得た1族(つまりのちの皇統)が覇権を掌握した。その一族が、東征して、大和王権を確立するが、その際にもやはり、海洋神を信仰する種族協力を得ることが必要であった。
 それらの種族と同盟関係のもとで政権の掌握に成功し、大和に政権を樹立したからは、もともと同盟関係にあった海洋信仰の一族を従属させていったといった様な出来事が起こったのではないかと思う。

 また、何故、釣り針が出てくるか。これは、海幸が大事にしていたのは、鉄製の釣り針だからである。だから、弟が釣り針を無くしたので激怒する訳だ。山幸は、剣を潰して、針を山ほど作って返そうとするが、兄は受け取らない。それは、何故か?青銅製の剣を潰して作られた針だからだろう。

 鉄の釣り針を供給出来たのは、恐らく③の種族だろう。②の海洋神を信仰する一族は、鉄器の製造能力はないが、暦法(潮の満ち干)に優れた民族であったことが知れる。

 話は、脱線してしまったが、更に話を膨らませていくと、非常に、興味深いのは、源氏物語にも同様の話形がみられる点である。

 この場合は、海竜王=故桐壺帝の化身が支配する須磨・明石を訪れた源氏が、明石の中宮の出生につながるエピソードを持ち、光源氏亡き後は、春宮、匂宮とポスト源氏政権の基礎の形成過程が、貴種流離の出来事を通じて、描かれている点である。

 古事記の世界から伝わる日本の古代の物語の根底には、この様な話形が潜んでおり、無意識の内に取りあげられたのか。(物語の祖 竹取翁物語の様に)、あるいは、意図的に古事記のこの説話を踏まえているのかと言う点である。

 卒業論文にも一部取りあげたが、例えば、国宝源氏物語絵巻の若紫巻の断簡には、コノハナサクヤヒメ=紫上=桜花、イワナガヒメ=末摘花=岩根・不滅と子孫繁栄の象徴が描かれてとしているが、話形という点からみれば、見事の古事記の天孫降臨・貴種流離のプロットがはめ込まれているのではないかと考える。

 日本書紀にもよの男よりも通じていた紫式部なので、古事記のコノハナサクヤヒメをめぐる説話を知らない筈がないからである。

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いずれにしても斎藤先生の「最後の授業」、実に面白かった。NHKセンターの梅田での授業はこれで終わりで、守口や京都での講座になるそうだが、平日、午後1時からの講座、サラリーマンの私に行ける筈がない。本当に残念である。

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