「三輪空寂」の境地2010/01/01 12:06

「正月は冥土の一里塚」と言われる。

 私も今年、50歳になる。
 もう、生きていて大分、疲れたというか、先が見えて来た感じがある。

 正月は、昼間から大っぴらにお酒が飲めるので、ワンカップ大関をコップにジョボジョボと空けながら、届いた年賀状等をみる。

 関大の同窓の方から、卒業後、四半世紀が経ったが、「なんとか生き延びていかねばならない。」という内容の書き込みがされている。

 「そうか、なんとか行きのびないといかんのか。」と思いながら、コップ酒を煽る。

 昨日、母親と「来年もこうして蕎麦が喰えるのかな-」と話していたことを想い出した。

 自分の生涯が、「あるべきやうに」ケジメがつくのは良いが、やはり、母親については、目蓮尊者の様な気持ちにならざるを得ない。

 「盆と正月」とあるが、盂蘭盆会のこうした世界は、常磐の命の願う心と裏腹に存在する。

 ある天竺の近くにあるクニでは、盆が正月であり、同じ祀りを行うと、国語学者先生に聞いたことがあり、それが、「Bon」の語源になっているという。

 語源の話は兎も角、「三輪空寂」の境地で年越し蕎麦やおせち料理を食している人は、あまりいないと思うが、実際には、その様に時は流れている。

 一昨年まで佛大の通信でお世話になった。大晦日の大掃除で部屋を掃除していると、大量のレポート類が出てきた。1つ1つ、開いて内容を読み替えていると、学修体験が、記憶の中の走馬燈のように駆け巡る。

 その中で、このレポートが面白かったので、残した。

 肉親の死と葬儀の体験について民俗学の立場から詳細に分析してレポートしたものである。

 このレポートを書いていら、自分の「生と死」の考え方が、かなり変わったと思う。

 幼い時には、このレポートに書いた祖母が補陀洛渡海や平家の滅亡の話、極楽浄土の話等を海の中に沈んでいく夕陽を前にしながら、話してくれた時、極楽浄土は、身近にある様に感じたが、実際の生・老・病・死の苦悩とは、離れた所にいた。

 若い時には、当然、生・老・病・死の苦痛そのものを経験し、智慧があるものは、覚っていくが、私は、その様にはならず、50歳の年を迎えた今、それをどの様に結合させるのか、糸口を見いだした様な気もする。

 何か、懐かしいモノに惹かれるというか不思議な感情である。