紅白の梅咲きてなほ ― 2011/03/13 09:35
永徳の梅屏風かく蘇り ― 2011/03/11 10:10
雀の句ばかり5句 ― 2011/03/07 23:37
おうぶの家の北側の小さな庭の近くに藪があって、そこは、雀のお宿がある。この季節、繁殖期なので、驚く程、賑やかだし、直ぐにエサをねだりにくる。
こんな情景を思い浮かべて、雀の句ばかり、5句作ってみた。
○物干しも孕み雀に遠慮して
○北窓を開いてそこに雀の巣
○彼岸会は雀の宿も華やいで
○雀の巣ハコベ摘み来てそばに置く
○子雀に窓辺とられて部屋捜し
同じ俳句とは思えんな ― 2011/03/06 10:02
今日は、朝から胃腸の具合も悪く、また、熱が出てきた。スタンプショーは欠席することにした。
最近、何をするにも面白くなく、カール・ベームのモオツアルト等を聴きながら、だらだら俳句ばかり作っている。
○大滝は滔々と三月生まる
○おぶの山おろかなる雪積もりたる
○春時雨夕焼け滝に我一人
○渡り鴨帰りそびれて藪の中
○流氷はかくやとばかり氷割り
○夕焼けの寺に帰れば春寒し
○蕗の薹捜して歩く母子かな
なんせ、「伝統俳句」なんで、こんな古くさい句を作らねば。一度、船団を覗いてみれば、判るけれど、まるで別世界。
同じ俳句とは思えんな。
最近、何をするにも面白くなく、カール・ベームのモオツアルト等を聴きながら、だらだら俳句ばかり作っている。
○大滝は滔々と三月生まる
○おぶの山おろかなる雪積もりたる
○春時雨夕焼け滝に我一人
○渡り鴨帰りそびれて藪の中
○流氷はかくやとばかり氷割り
○夕焼けの寺に帰れば春寒し
○蕗の薹捜して歩く母子かな
なんせ、「伝統俳句」なんで、こんな古くさい句を作らねば。一度、船団を覗いてみれば、判るけれど、まるで別世界。
同じ俳句とは思えんな。
ほぼ八分咲き ― 2011/03/05 09:06
平家物語 ― 2011/03/04 23:40
今日の帰りの電車、学生さんが再提出のレポートと格闘していた。
国文学科なのか、国語科教育法で平家物語だった。能登殿の最後の部分である。一杯、赤色で色々と指示が書き込まれている。
この学生さん、古典が嫌いにならないだろうか。教師が古典が嫌いで、そんな先生から、教わった子供も嫌いになる不幸の連鎖だと思う。
○能登殿の最後もかくや春の潮
○大潮の渦潮速く翡翠呑む
国文学科なのか、国語科教育法で平家物語だった。能登殿の最後の部分である。一杯、赤色で色々と指示が書き込まれている。
この学生さん、古典が嫌いにならないだろうか。教師が古典が嫌いで、そんな先生から、教わった子供も嫌いになる不幸の連鎖だと思う。
○能登殿の最後もかくや春の潮
○大潮の渦潮速く翡翠呑む
ひな壇の階層的な構造にある種のHierarchie ― 2011/03/03 09:11
叔母がなくなってちょうど1年。
幼い時から、おひな様が大好きで近所のあらゆる家を巡り歩いていた。小豆島に預けられていた時も祖父に連れられて、名家、旧家のおひな様を拝見して歩いた。
どうゆう訳か。源氏物語と言えば、おひな様のイメージを持ってしまう。そこに描かれているのは、純然たる階層社会であり、そういった点に幼い時から違和感を持っていた。
あのひな壇の階層的な構造にある種のHierarchieを感じていたのかも。そういえば、黒沢監督の映画「夢」も壮大な実物大のおひな様が登場するのがあった。
ひな祭りの日、あれは、いつ頃の昔であったか、叔母が少女時代に作ったという源氏物語絵巻を見せてくれた。「Fちゃん(母親)と一緒につくったのよ。」ということだが、妙に、光源氏の顔がイヤラシイマセタ感じのする青年に描かれている。おひな様の様な人形の体型でなくて、西洋画風のプロポーションで描かれているので余計に猥雑になってしまう。
装束は、やはり、おひな様を参考にしたという。女君達の冠にそれが現れている。斎宮の冠なんて、あんなだったかしらなんて、かんがえながら小一時間も見入っていた。
「T君は、こういったものが好きなんだね。」と妙に呆れられてしまった。しかし、あんな宝塚風のおひな様、最近の婦人雑誌の劇画に出てくる様な感じ。案外、叔母達は、先を行っていたのかもしれない。
○雛の日は古絵巻みて叔母偲ぶ
幼い時から、おひな様が大好きで近所のあらゆる家を巡り歩いていた。小豆島に預けられていた時も祖父に連れられて、名家、旧家のおひな様を拝見して歩いた。
どうゆう訳か。源氏物語と言えば、おひな様のイメージを持ってしまう。そこに描かれているのは、純然たる階層社会であり、そういった点に幼い時から違和感を持っていた。
あのひな壇の階層的な構造にある種のHierarchieを感じていたのかも。そういえば、黒沢監督の映画「夢」も壮大な実物大のおひな様が登場するのがあった。
ひな祭りの日、あれは、いつ頃の昔であったか、叔母が少女時代に作ったという源氏物語絵巻を見せてくれた。「Fちゃん(母親)と一緒につくったのよ。」ということだが、妙に、光源氏の顔がイヤラシイマセタ感じのする青年に描かれている。おひな様の様な人形の体型でなくて、西洋画風のプロポーションで描かれているので余計に猥雑になってしまう。
装束は、やはり、おひな様を参考にしたという。女君達の冠にそれが現れている。斎宮の冠なんて、あんなだったかしらなんて、かんがえながら小一時間も見入っていた。
「T君は、こういったものが好きなんだね。」と妙に呆れられてしまった。しかし、あんな宝塚風のおひな様、最近の婦人雑誌の劇画に出てくる様な感じ。案外、叔母達は、先を行っていたのかもしれない。
○雛の日は古絵巻みて叔母偲ぶ
屋根修理、即日見積もり・工事 ― 2011/03/02 09:36
この間の連日の雨の影響で、屋根修理、即日見積もり・工事。価格は、4万2千円。大出費で、どうなることか。
雨漏りしている部分の瓦は、全く損傷していないという。その下の防水シートが経年変化で、劣化して、吹き込んだ雨風が雨漏りを起こしていたという。
この為、地瓦ラバーコーキング10平米分の工賃が、この金額となっている。
テレビでお水取りの風景をみた。いよいよ、春が近づいてきている。
○小麦砂糖値上がりのひなの祭り
○お水取り松明火の粉赤々と
○雨上がり寒戻りたる青い空
雨漏りしている部分の瓦は、全く損傷していないという。その下の防水シートが経年変化で、劣化して、吹き込んだ雨風が雨漏りを起こしていたという。
この為、地瓦ラバーコーキング10平米分の工賃が、この金額となっている。
テレビでお水取りの風景をみた。いよいよ、春が近づいてきている。
○小麦砂糖値上がりのひなの祭り
○お水取り松明火の粉赤々と
○雨上がり寒戻りたる青い空
雨漏りと靴の水漏れ ― 2011/03/01 23:56
今日も、大阪に出かけたが、鵯越えの辺りは、一面の霧の様なものが立ちこめていた。そういった中を電車が走り抜けていくのは、やはり、面白いと思う。
静かに降っている雨の様だが、2階の天井に雨漏りを発見。早速、M産業さんに、連絡したが、また、出費が嵩んでしまうだろう。
雨漏りは、何が何でも治さないと、全てが駄目になってしまうので、大変。借金しても治すべきであると思う。
靴も水漏れを発見で、今日、買い換えた。1足2千円。この靴は、凄く良い時と悪い時がある。同じメーカーなのに不思議だと思う。
○陋屋に未だ居座る春炬燵
○春泥に靴をとられし夕まぐれ
○新しき靴さえ濡れて春の雨
○玉筋魚の皿一杯に陣取りて
○山越えの春霧に線路消え
○松ヶ枝の春雨に濡れ匂い立つ
静かに降っている雨の様だが、2階の天井に雨漏りを発見。早速、M産業さんに、連絡したが、また、出費が嵩んでしまうだろう。
雨漏りは、何が何でも治さないと、全てが駄目になってしまうので、大変。借金しても治すべきであると思う。
靴も水漏れを発見で、今日、買い換えた。1足2千円。この靴は、凄く良い時と悪い時がある。同じメーカーなのに不思議だと思う。
○陋屋に未だ居座る春炬燵
○春泥に靴をとられし夕まぐれ
○新しき靴さえ濡れて春の雨
○玉筋魚の皿一杯に陣取りて
○山越えの春霧に線路消え
○松ヶ枝の春雨に濡れ匂い立つ
苦しみから逃れるには世を捨てる以外にない ― 2011/03/01 09:16
間もなく、叔母の1周忌になる。姉の葬式にも出なかった母親であるが、毎年、この時期に飾っている小さな紙製の雛人形を今年は、飾っていないところをみると、やはり、悲しさが心の底に広がっているようだ。
僕にとっても叔母唯一の親族の中での理解者であっただけに、未だに、その空虚な気持ちは消えない。
この年齢になって何故、人は結婚するのか理解出来る様になった。それは、社会的な立場や子孫を残すということだけでなくて、単身では、肉親の看取り(介護)や死別の苦しみに耐えられないからである。
生老病死の苦しみから逃れるには、一切の交わりを立って出家する以外にないが、僧侶なのに妻帯が当たり前の今の日本仏教では、その様な場が提供されていないので、無理である。
タイとかビルマに帰化して、僧侶になる以外になく、まさに水島上等兵の世界である。結局、戦友とか死者を弔うにも、今の日本の出家・在家共に、世俗のシガラミと離れることが出来ないので、水島上等兵は、ビルマの地に骨を埋めることにしたのだと思う。
○折り紙の雛も飾らぬ一周忌
僕にとっても叔母唯一の親族の中での理解者であっただけに、未だに、その空虚な気持ちは消えない。
この年齢になって何故、人は結婚するのか理解出来る様になった。それは、社会的な立場や子孫を残すということだけでなくて、単身では、肉親の看取り(介護)や死別の苦しみに耐えられないからである。
生老病死の苦しみから逃れるには、一切の交わりを立って出家する以外にないが、僧侶なのに妻帯が当たり前の今の日本仏教では、その様な場が提供されていないので、無理である。
タイとかビルマに帰化して、僧侶になる以外になく、まさに水島上等兵の世界である。結局、戦友とか死者を弔うにも、今の日本の出家・在家共に、世俗のシガラミと離れることが出来ないので、水島上等兵は、ビルマの地に骨を埋めることにしたのだと思う。
○折り紙の雛も飾らぬ一周忌



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