あの楽しい佛大通信がムズクなった。2008/04/30 23:01

 通信大学院時代からもう、7年間も佛教大学通信教育部に在籍しており、その間、学長先生が中井先生から福原先生に交代され、学科再編、新学部の増設等、佛教大学も目まぐるしいという程ではないが変わり続けている。
 佛大の通信教育の歴史を知るには、「佛大通信」という学生全員に送付される機関誌がある。(写真)
 この機関誌は、タブロイド判の時代から継続して刊行されており、それ自体が日本の通信教育史の貴重な資料である。佛教大学図書館にも全部は揃っておらず、欠号も存在する。
 編集内容を見ると、佛教大学が時代時代で、どの様に学風を変えてきたのか判る。
 過去6年間分をファイルに閉じて保管しており、これらを眺めておれば、在学中に起こった様々な出来事が走馬燈の様に点滅し、イメージとして蘇る。
 上の左が、平成20年5月号で、右が、平成19年9月号。 中井真孝先生の大らかなご性格が、在籍当時の学校のカラーにも反映され、ずいぶんと賑やかで明るい感じがあり、それは、通信教育でスクーリングや学友会の行事に参加している時にも感じられた。
 佛大通信の上段右の様な感じであったと行っても良い。
 漫画にされてしまっているのは、社会学部の生活家電と生活文化のご研究で有名な村瀬先生であるが、こうしたものを読んでいると、先生方が身近に感じられるし、チョコチョコと書いてあること等が意外と奥深いこともあり、毎回、配達されるのが待ち遠しかった。
 上段左は、最新号なんだが、むしろ、右に比べて「佛大通信」のロゴが、私の祖父がデザインした昔の週刊朝日の表紙の様な大正の終わりから昭和にかけての古くさいレタリングだし、画面、構図の切り方も古くさい。
 大正生まれとは言わないまでも、3世代位前のデザイナーに変えてしまったのだろうか。
 これに比べて、右のものは、一見チャランポランの様であるが、縦組みと横組みの組み方やイラストの入れ方、ナール系の文字等、現代の平均的水準を少し、ダサクした程度で、私の様な世代には違和感はない。
 左の様なデザインの紙面が届いて喜ぶのは、50代後半以上の世代の人ではないだろうか。
 試しに母親や予備知識の無い人に見せたが、「なんや、これ、つまらんなぁ、同窓会(校友会)の会報みたいやな。」と言う感想で、「現役」の学生と学校とのコミュニケーションメディアであるという印象は全くしないようだ。
 下段上は、平成19年9月号の紙面である。文字は縦組みであるが、写真が大きく、生き生きとしている。一方、下は、写真が小さく、文字も横組で読みにくい。また、内容も京都の観光ガイドの様なもので、これでは、阪急の売店で販売されている京都ガイド等と変わりなく、独自性も感じられない。
 また、佛大通信の本来の機能である学生向けの連絡部分も「通達・命令」といった感じで、今時、官公庁と機関誌でも、こんなアナクロニズムに時代からずれた様なものはない
 佛大通信のムズイ文章を読んだだけで学習を放棄してしまう学生がいないことを祈りたい。
 いや、これらの文章は、殆ど、機械的といった方が良いかもしれない。それなのに、情報が整理されていないので判りづらい。
 記事の中で、「カウンター越しの風景」というのを毎月読んでおり、これが、その月の重要事項を私の様なアホウな人間にも判りやすく説明してくれているので助かるのだが、昨年度までは、アリスさん、ミツアキくん、キリカちゃんというキャラクターが登場して会話形式で面白かったんだけれど、新しい佛大通信では、単なる「Q&A」になっているので、これでは、今週のQ&Aとして、特に学生課等に最も多かった質問等をまとめて掲載する様にした方が機能的で良いと思う。
 新学長になってから、学校案内のパンフレットもクラーイ感じに変わってしまった。
 中井学長の時は、ピンクとか赤とか暖色系で、少し幼稚かなと感じられたが、何か、近所のお地蔵様を見ている様な朗らかな楽しさもあった。
 法然上人も「還愚の心」の大切さを説かれているのでそれで良いと思う。
 福原学長は、天台宗の円屯戒の権威であられるから学風も比叡山の論・湿・寒・貧の厳しい雰囲気になっても仕方がない。
 ひたすら戒、定、慧の三学三昧ということか。
「学長先生、頼むから卒業記念のチョロQの景品だけは無くさんといてや。」といいたい。これをもらう為に、何度も再入学し、今も、卒論に取り組んでいるので、無くなった場合は、これで打ち止めにするつもりである。

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