バイロン・ハスキン監督、ジーン・バリー他主演の1953年に制作された映画の方が面白いし、画像的にも優れている。2009/04/12 16:40

 スピルバーグ監督の「宇宙戦争」がロードショーでやっていて、今日は、その録画を焼酎を飲みながらみていた。

 宇宙人が火星からやってきたというのは、さすがになかった。火星に高等生物が存在していないという認識が宇宙探査の結果、浸透したからだ。
最後の火星人というか火星生物の設定は、「トータル・リコール」が最後の作品ではないだろうか。

 その宇宙人は、スピルバーグが描いた宇宙人(これまでの銀河系世界に存在する)に比べて邪悪で、下等な様に見える。前作の宇宙(火星)人の方が、子供や大人等、より人間に近い存在に描かれている。

 やはり、スピルバーグにとっては宇宙の知性体は人智を越えた存在でなければならないので、この作品の様な行為をする宇宙人は変則的である。

 これをみていると、宇宙人も邪悪であるが、それよりも人間のエゴイズムの醜さが描かれている。

 また、虐められる少女がスピルバーグ作品には、出てくるが、今回も安達祐実に似た女優さんが活躍する。(ETの時は、妹とカエルの大群にすくみ上がる女の子が描かれている。)

 車もスピルバーグのモチーフだ。「激突」以来、自動車は、恐怖の象徴として描かれる。今回も車は避難には、途中まで役に立つが、その後は、略奪の対象となり恐怖の存在だ。また、地下の隠れ家にネズミの様に隠れているが、その後、地上に追い込まれ、最後の乗るのが自動車の残骸であり、結局、クルマも恐怖の鉄カゴとしての役割しか果たさない。

 この作品の表モチーフは、最後には、地球生物を創造された神には、宇宙人も為す術もないというのが、中心だが、裏モチーフは、家庭の崩壊と再建である。ETの時は、離婚家庭が出てきたが、子供達は、親の支配下にあった。しかし、この作品では、親子の人間関係は崩壊している。しかし、宇宙人の恐怖に遭遇することで親子の絆が回復するという裏主題である。

 スピルバーグは、結局、この作品の表モチーフには興味がなく、実は、家庭・家族・親子関係といったことが描きたかった。

 結局、宇宙人よりも恐く、つらいのが、人間のエゴイズムや人間関係、親子関係の崩壊と敵対であることをこの作品を示したかったのだろう。

 宇宙戦争は、その舞台に過ぎないのだと思う。
 だから、宇宙人の「人間性」を描いていたETは面白かったが、今回の作品はつまらない。

 そういった意味で、宇宙戦争の映画では、バイロン・ハスキン監督、ジーン・バリー他主演の1953年に制作された映画の方が面白いし、画像的にも優れている。特に宇宙人との戦闘シーンはこちらの方がリアルである。(3色ファイバースコープ等は、この映画の考案であるが、新作にも同様に描かれているが、その仕組みと巧妙さを描き切れていない。カラーTVの実験が行われていた時代の映像機器の1950年代の技術観が見透せるのである。)

 太平洋戦争、朝鮮動乱と歴戦が継続されている時代の作品なので、戦闘自体がリアルに描かれている。(武器は凄くクラシカルだが。)

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