真空管TVと昭和の想い出2008/08/01 23:04

 昭和ブームは結構、息が長く健在である。
 真空管TVは私が小学校低学年の頃までであり、12BH7A等のブラウン管の水平出力管が実用であったし、殆どの電子部品が真空管製で当たり前の時代であった。
 当時から「子供の科学」を愛読しており、巻末の購買部の広告には、真空管ラジオ、無線受信機のキットが目白押しで結構、良い値段で販売されていた。
 トランジスターラジオも徐々に出始めであったが、やはり、真空管短波ラジオが花形であった。
 TVの真空管は、数十本が使用されており、調子が悪くなるのは時間の問題で、街の電気屋さんは、TVを販売してもその後もメンテナンスで無くてはならない存在であり、家電販売店と家庭の絆な今とは比べものにならないほど強い時代であった。
 ちょうど今位の夏場にTVが壊れると、大きなアルミ製の真空管を満載した鞄を持ったエンジニアが家にやってくる。
 当然、私は目を凝らして真空管のテストや交換、調整等の作業を眺める。
 交換された真空管やミニチュア管の紙箱はみんな私がもらった。
 少し大きめの箱は、近くのお寺で捕まえて来たニイニイ蝉の遺体を入れておくのに最も適した大きさなので、愛用していた。
 日本万国博覧会が始まる頃、私は、小学校4年位であった。その頃には、家にはカラーTVが入っていたが、中を見ると、白黒TV以上に高出力の真空管が何本も使用されており、部屋を真っ暗にして、TVの筐体の内部を除いて、その不思議な高圧電流が放つ光の世界に酔いしれていた。
 今の時代では、こんな複雑な回路を真空管で作るなんて思いもよらないだろう。
 ちなみに私が使用しているLPレコード再生システムは、
 1.イコライザー段(12AX7A4本、MCカートリッジ用CR回路)→プリアンプ段(12BH7A2本)→パワーアンプ(6SL7GT2本、2A32本)の合計の真空管の本数は、10本使用されている。
 TVとは比べようもない単純な回路であるが、自作したから8年間、全く故障無しで初期性能が維持されている。
 ちなみに今、ナショナルや東芝や日本電気の真空管が新品であれば、プレミア付きで取引されている。
 「真空管恐るべし」である。