再出家と極楽往生への道2010/05/04 23:46

 
 先々月の寒い雨の日に、あるホームレスの人が亡くなられた。

 どうゆう訳か、私の住所に連絡が来た。その後は、想像にお任せするが、大変だった。

 この人は、東大を出られて、一流企業を出て、ベンチャーを創業されて、世の中か嫌になり、出家して僧侶になられたが、その後、「再出家」されて、ホームレスになられた。

 そこいらの地下街でよく見かけられたかもしれない。「博士」と呼ばれていた人だ。

 この人は、出家得度して、僧侶になってからは、企業人として活躍していた時よりも、いっそう、俗塵にまみれる毎日で失望されたのだった。

 実際、僧侶の仕事は、大変で、教団の中での政治的な関係があり、寺院の経営、檀家との関係、葬儀業者との契約で毎日、葬儀の仕事をして、多忙な毎日で疲れ果てたという。

 まぁ、浄土宗の場合は、俗塵にまみれることこそ、修行なのかもしれないし、江戸時代の浄瑠璃にも法然上人が登場されて、天王寺で、病人の世話をしたり、乞食の人に食事を分け与えたり、そういった観音菩薩の様な働きをされたことが描かれている。

 しかし、このエリート人にとって、現代の僧侶の生活は、お釈迦様のこと等をしみじみと考える知的なひとときなど微塵も存在しなかったという。

 思い切って、ホームレスになってからは、自由に楽しく過ごしておられたが、不摂生がたたって、胃潰瘍とか、だんだん健康がむしばまれていった。ボランティアの人たちのお世話にもなったが、結局、青テントの中でなくなった。

 この人は大変なグルメで、ホームレスになってからもホテルとか料亭の食べ残しを食べておられた。僕も、少し、お裾分けをもらったが、やはり、お腹を壊して、それからは、遠慮する様になった。

 一流企業で働いておられた時は、毎日が御馳走だったという。だから、それなりに舌は肥えておられたが、やはり、残飯なので雑菌が繁殖している。

 せめて十分な加熱がされていたらと思う。

 結局、この現代社会で、中世の僧侶がした様な風流な出家は無理で、むしろ、再出家のホームレスの生活の方が、俗世界との隔壁ができて本来の出家生活だから、あまりにも過酷すぎる。

 結局、この世の中では、本来の出家をするには、自ら命を絶つ等の方法以外にないのかもしれぬ。

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