東西冷戦の遺物2008/12/18 09:13

IXYDIGITAL70で撮影。
 このゾルキー4Kは、ソビエトカメラ(ロシアも一部含む)ファンの間で評価が分かれる機種である。バルナックライカのコピーからスタートしたゾルキーシリーズの中で、この4Kは最終形であると言える。
 製造年代は、1972年~78年であり、日本では、ペンタックスがKマウントシリーズに変わり、TTL測光や電子制御・自動システムが装備され始めた時代である。
 一部のソビエトカメラファンは、この機種がゾルキーシリーズとしては、年代が新しく加工精度も良好で使いやすいという評価であるが、どうも私には、疑問である。
 例えば、外装はたしかにピカピカしているが、主要な文字盤が、「ZORKI-4K」のロゴを含めて刻印ではなくて、印刷であるという省力化である。更に、このプリントも焼き付けプリントでないので、摩擦で消えてしまう。
 一番、困るのは、シャッター目盛板の速度表示も消えてのっぺらぼうになってしまうことで、私は、パソコンでプリントした文字盤を貼り付けて使用している。
 デザインも情けない。売り物は、巻き上げがノブからレバー式になったのだが、これが、矢印型のいかにも無骨なので、巻き上げ終わってレバーから手を離す度に「コツッ!」という音がする。なんともマヌケである。
 これも先代のゾルキー4と同様に裏蓋がそっくり外れる方式である。附属しているレンズは本来は、インダスタール50であるが、私のは、より格下のインダスタール26Mがついていた。このレンズは、ハレーションが起こりやすく、明らかにジュピターやインダスタールの以前の型に比べて加工も粗略となっている。
 
 このカメラが開発されたのは、冷戦がもっとも緊張したというか軍拡競争が止めどなく激化した時代である。カメラ等の民生技術は後回しにされ、一切の技術が止まり、物資供給を含めて、カメラ技術の東西格差が、大きく開いた時代である。
 農業崩壊が起こり、金を引き替えにアメリカから小麦等が輸入されたが、それらは、共産党幹部のみにわたり、一般のソビエト人民は、食糧不足に慢性的に悩んでいた。
 有名文化人の亡命も相次いで、民衆にとっては、カメラどころではなくなっていた時代であった。
 このカメラは、軍事品としても使用され、原子力潜水艦の潜望鏡の覗き口に装着して敵国をスパイ撮影するのに使用された。こうした軍事利用も考慮されてか、外装も出来る限り簡略化されている。

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